40 吉原市役所
昭和39年3月(今泉1)
吉原市役所に勤務していた
古郡 篤子(ふるごおり あつこ)さん(伝法)
- 写真あり -
宝物をくれた「武徳殿(ぶとくでん)」
私は昭和36年に吉原市役所に入庁しました。掲載されている写真の昭和39年ごろは、ちょうど、福祉に関する仕事をしていました。
もともとこの建物は、柔道や剣道など武道を行う道場だったため「武徳殿」という愛称で親しまれていました。
建物の中は、天井が高く、各部署の間には簡単な仕切りがあるだけでした。そのため、庁舎内をぐるりと見渡すことができ、市民の皆さんや職員同士が、いつでも顔を見合わすことのできるアットホームな温かい職場でした。でも、冬はとても寒かった…(笑)。
木の床を歩くげたの音と、床に塗られた防腐剤のにおい、そして、近所の子どもたちが自由に出入りする光景は、今でも鮮明に覚えています。
私自身にとって、子どものころは遊び場として、大人になると仕事場として、武徳殿では、さまざまな人との出会いがありました。現在の富士市の庁舎が完成した後、建物は取り壊されてしまい寂しいですが、武徳殿での人との出会いは、今でも変わらない私の宝物ですね。
- 写真あり -
( 写真説明 ) 現在の様子(天神社北側付近。写真右側は和田川公園)