当時の中央病院屋上から富士中学校を望む 昭和36年
区画整理事業を期にさま変わり
当時本市場は、旧富士市の東端に位置し、旧吉原市と隣接する場所でした。昭和41年に2市1町が合併し、現在は富士市の中心地となっています。
昭和54年から平成12年まで、約22年かけ、富士中部土地区画整理事業が行われました。青葉通りや公園などができ、新しい街に生まれ変わりました。
写真中央に見える建物は富士中学校です。その手前には、木々が生い茂る米之宮神社が見えます。
本市場にお住まいの
宮川 清(きよし)さん(本市場)
- 写真あり -
昔は愛鷹山がよく見えました
私は昭和20年から、本市場に住んでいます。当時はこの辺り一帯に、田んぼとナシ畑が広がっていました。
民家は、主に旧東海道(フィランセ北側の通り)や富士中学校東側の通り沿いにあり、あとは田んぼの中にまばらにしかありませんでした。
道も現在のようには整備されておらず、昔に比べると今は、街の風景がすっかり変わってしまいました。若い人たちは昔の何もない風景を想像できないかもしれませんね。
昔は本市場から潤井川の方まで見渡せ、愛鷹山も山すそまで見えました。