広報よしわら 昭和41年11月に富士市と鷹岡町と合併した吉原市広報紙の全記録

昭和41年 9月25日発行 内容

合併
すべての協議事項がきまる

岳南2市1町合併促進協議会(会長 斉藤吉原市長)の第14、15回全体協議会=9月14、16日の鷹岡公民館で開催=で、残されていた新市の名称、庁舎の位置、継続事業費の配分率、議員の任期など重要案件が全員一致で承認されましたので、ここに促進協議会発足いらい1年9ヶ月ぶりに、合併事項のすべてがきまりました。これにもとづき、合併事務局が9月19日、県知事へ合併内議書を提出し、知事の審査をうけたのち、自治省へ内示申請しました。9月21日自治省から「合併に異議なし」旨の内示が吉原市長、富士市長、鷹岡町長にありましたので、近く(9月26〜29日ごろ)2市1町が同時に議会を召集して、「11月1日」の合併を議決し、9月30日から開かれる県議会へ本協議書を提出することになっています。県議会で承認されれば自治大臣へ届出を行い、その告示をまって、新しい“富士市”が11月1日に誕生します。

新市名は富士市に
合併促進協議会で議決

◇市名選定の理由
 新市名は「富士市」に決まりました。
 富士山の南麓は昔から富士郡あるいは富士地区と総称されているように一つの行政区画であったばかりではなく「富士」の名は世界的に知られています。また、富士山の豊富な水資源を活用して日本でも有数の製紙工業地帯として栄えてきました。このように、当地区は物心両面に富士とは有形無形の深い関連をもって伸展してきたので、地域住民を総括する公称として新市名を「富士市」と決定したわけです。

◇議員の任期
 議会の議員の任期は合併特例法で昭和42年4月30日までの6ヶ月間と決まりました。これは昭和42年度予算を編成するまで、合併にたずさわった議員が新市をみまもり、以後は新しい議員を選出することになりました。現在2市1町の議員数は、吉原市33人、富士市30人、鷹岡町19人の計82人、新市になると議員数は40人になります。

継続事業の配分率
吉原54.0%
富士 36.9%
鷹岡 9.1%
 継続事業費の配分率は吉原市54.0%、富士市36.9%、鷹岡町9.1%に決まりました。
 新市の5ヵ年間の継続事業費は70億500万円なので、吉原市は37億8,300万円、富士市は25億8,500万円、鷹岡町は6億3,700万円になるわけです。
 吉原市の継続事業の主なものは、青島津田土地区画整理事業、下水道事業、大淵地区農業構造改善事業、簡易舗装、伝法小、原田小などの新改築事業などがあげられています。

人口は県下4位(16万4,292人)

 2市1町が合併した新しい「富士市」は、人口が16万4,292人(吉原市9万2,107人、富士市5万5,379人、鷹岡町1万8,807人昭和41年7月1日現在)となり、県下では浜松市、静岡市、清水市につぎ県下で4番目の都市になります。
 面積は215.34平方キロメートル(吉原市174.56平方キロメートル、富士市30.55平方キロメートル、鷹岡町10.23平方キロメートル)になり、富士宮市、静岡市、浜松市、清水市につぎ5番目の広さをもつことになります。
 財政面でも昭和42年度の歳入歳出見込みは33億800万円と大規模なものになり、県下有数の都市になるわけです

新庁舎は錦町へ

総事業費10億円

 庁舎の位置は吉原市大字永田地先(別図)に決まりました。
 庁舎用地は2万6,400平方メートル(8,000坪)くらいで、建物の規模は地上5階、地下1階の鉄筋コンクリートづくりで、総事業費は10億2,600万円の予定です。
 なお、交通機関については循環バスの運行などを考慮しています。

‐ 地図あり ‐

“火災”ひんぴん

 「○○町に火災が発生しました」9月にはいって火災をつげる無線放送の回数が急にふえています。そのはず20日間に7件という9月火災では消防署はじまっていらいのありがたくない記録。
 消防署の調べによれば、泉製紙、日本クラフト、日通倉庫など6件までが会社、事業所火災で、原因はタバコの不始末、タバコと推定されるものが大半です。
 くわえタバコで作業をしていると、つい火を消さないで、どこにでも捨ててしまうものです。会社事業所では従業員に一定の場所でタバコを吸わせるようにしてもらいたい…消防署ではこのように話しています。
 ところで、ことしはすでに53件の火災が発生しています。原因別では、タバコによるものが13件と圧倒的に多くなっていますがなかでも気をつけてほしいものに「プロパン」があります。プロパンが火災の直接原因になったものはわずかですが、ボンベやレンジの締め付け口がゆるんでいたり、レンジのツマミをひねっても点火の確認を忘れてガスもれ賀していたり“事故予備軍”は相当あるようです。
 これから火災がおこりやすいときです「火の始末」には十分気をつけてください。

‐ 写真あり ‐

出生率が減少

上半期・県内の人口動態

◇出生率
 県ではこのほど昭和41年度上半期(1月から6月)の人口動態調査の結果を発表しました
 それによると、昨年とくらべてとくに注目されるものに(1)出生率は大幅に減ってきた(2)死亡率が減ってきた(3)婚姻数が少なくなってきた、の3点があげられています
 静岡県の出生率は、昭和37年まで急速に低くなってきましたが、その後は横ばい状態をつづけてきました。ところがことしになってから急速に減少してきました
 これを数字でみてみると、ことしの上半期の出生数は1万9,038人、昨年とくらべて8,850人、率にすると31.7%少なくなっています。人口1,000人当たりの出生率も13.1となり、戦前戦後を通じて最低の記録を示しています。この傾向は全国的なもので、全国の出生率も昨年にくらべてだいたい30%弱の減少を示しています。
 このような減少ぶりは昨年まで増えていた婚姻数を考えた場合、常識では考えられないことです。これは、ことしが60年に1回の丙牛(ひのえうま)にあたるからと考えられます。そのため丙午の迷信が家族計画に大きな影響をあたえたと思われます。
 また、出生率を市部と郡部にわけてみると、昨年にくらべ、市部が29.6%、郡部39.1%それぞれ少なくなり、とくに郡部の減少が目立っています。

◇死亡率
 死亡者は1万171人で、昨年にくらべると1,107人少なくなっています。昨年は2月から3月にかけてインフルエンザが流行したため死亡数が増加しましたが、ことしは人口1,000人当たりの死亡率は7.0で昭和39年の7.2を下回り県下最低の記録を示しました。
 これを原因別にみてみますと、脳卒中が2,758人で第1位を占め、次がガンの1,236人、心臓病の1,122人、老衰の752人、不慮の事故641人の順となっており、相変わらず成人病が上位を占めています。このうちとくに目立つのは、早期発見、早期治療が強く望まれるガンや社会問題となっている交通事故死が増加していることです。ガンは作年の3位から2位に、事故死は6位から5位になっています。

◇婚姻・離婚数
 婚姻数は適令人口の増加で年々上昇していましたが、ことしに入って1万5,649組と昨年にくらべ654組少なく、率にして4%の減少を示しています。しかし、月別にみると1日から3月までは少なくなっていますが、4月から6月にかけては昨年を上回っています。
 なお、離婚数は1,068組で昨年より68組、率にして6.8%多くなっています。

写真展の公募要綱きまる

搬入は10月1日

 第5回吉原市写真展は次のように行われることになりました。
◇会期は
 昭和41年10月28日から31日まで
◇会場は
 市民会館 第1集会室
◇応募資格は
 小学生以上の市内に住所または勤め先(市内の学校に在学しているひとも含む)のあるひと
◇種別は
白黒写真、またはカラープリント
◇大きさは
一般は4ツ切り以上。小中、高校生はキャビネ以上(ただし単写真に限る)
◇出品制限
一人3点以内
◇出品票は
市教育委員会にあります
◇搬入は
昭和41年10月1日午前8時から午後7時まで。市立体育館で
※くわしくは教育委員会へお問い合わせください

お願い

市議会で2市1町の合併が議決され次第、合併特集号を発行して、くわしいことをお伝えしますので、ご覧になってください。

お知らせ

明るい家庭によい子が育つ
第3日曜日(10月16日)
家庭の日

市民の動き

(9月1日現在)
男 4万6,486
女 4万5,889
計 9万2,375
世帯数 2万1,401