広報よしわら 昭和41年12月に富士市と鷹岡町と合併した吉原市広報紙の全記録

昭和40年 1月1日発行 内容

賀春 年頭にあたり

円満な市政を確立
‐ 写真あり ‐
吉原市長 斉藤滋与史
 私が市長に就任いたしまして、ここに満1年を経過いたしたのでありますが、この間、市民みなさんの深いご理解と、ご協力を戴きまして、お陰で大過なく努めることのできましたことを、心から感謝申し上げる次第であります。
 顧みますると、昨年は完成間近い田子の浦港に、初めて5,000トン級の大型船舶の入港を迎え、また周辺の工業化の進展とともに、地域の様相もとみに活況がみなぎり、「辰年」にふさわしい躍進発展を遂げた年でありました。
 ひるがえって本年は、昨年の産業経済界の不況ムードにおされて、一般には内外の諸状勢は、さらに低迷と危機感を予測されるのでありまして、直接市の行財政の面からみましても、なお試練の年ではなかろうかと考えております。このようなきびしい経済環境のさなかにあって、当面する東名高速道路建設の促進、田子の浦港および背後地の整備事業、広域行政体制確立、その他懸案の諸施策など重要問題が山積しておりますので、私も充分現実を静視し、これと真剣に取り組んでまいる所存であります。
 東駿河湾地区の枢要な地位と使命をにないつつ、“昨日、今日、明日”と限りなき進展をつづけるなかに、本年もまた円満な「調和点」を求め、市民のみなさんの、より高い生活環境の確保と、より幸福な生活をもたらすため、最善の努力をいたす覚悟であります。なにとぞ、一層のご支援ご協力をお願い申し上げ、年頭のご挨拶といたします。

近代都市化へ全力
‐ 写真あり ‐
吉原市議会議長 勝又竹雄
 私このたびはからずも議長の重職に就任いたしまして、市当局および各議員をはじめ、市民のみなさんのご支援をここに“唯一の力”として「近代都市吉原」の建設に微力ではありますが、努力を傾注する覚悟であります。
 顧みますれば、昨年は斉藤市政第一年度として、財政的にもまた社会的にも、幾多の諸問題に当面した至難な年ではありましたが、幸いに市当局の情熱と、みなさんのご協力を得て、地方自治行政の根本施策であります教育行政においては、小・中学校の改築事業をはじめ図書館、今泉会館建設事業など、数多くの事業を遂行し、無事越年でき得ましたことは、市政発展のため喜びにたえない次第であります。
 市民のみなさんにもすでにご賢察の如く、市民福祉に直結する住宅建設事業をはじめ、下水道施設の開設、あるいは火葬場新設事業など、さらに大きくには市民生活環境整備と一大臨海地域開発にあわせ、豊かなる経済圏を最大の目的とする岳南広域都市行政、いわゆる二市一町合併問題につきまして、昨年重要港湾として国の指定を受けました田子の浦港の総合開発を中核としてもっか、関係機関の緊密なる指導と相ともないまして、社会環境、経済諸条件の調査が進められております如く、今年こそ市政史上その類例をみない当吉原市の奮起躍進の年であると痛感する次第であります。かかる新しき時代の動向に照らしまして、私たちはつねに地方自治のきゅう極の目的である、市民福祉の向上に全力を結集いたしますので、市民のみなさんにはこの上とも、ご支援、ご協力を賜りますようお願い申し上げる次第であります。

‐ 写真あり ‐
(写真説明)・・・海抜1,600メートル吉原 駿東の境界地付近から見た“富士山”