広報ふじ 昭和41年11月に吉原市と鷹岡町と合併した富士市広報紙の全記録

昭和40年 5月1日発行 内容 合併特集号

世帯と人口(40年4月1日現在)

面積 30.55平方キロメートル
人口総数 5万3,423人
男 2万7,255人
女 2万6,168人
世帯数 1万1,700世帯

全世帯に配布
この広報紙は町内自治会を通じ市内の全世帯にもれなく配布されております。皆さんのお宅に届かないときは部落の区長または市広報係までお申し出ください。

特集 合併問題の現状
経済開発と社会開発がねらい
市民福祉の増進を優先に 2市1町合併促進協議会発足さる

−写真あり−
(写真説明)・・・事務局の看板を掲げる漆畑市長

 岳南2市1町、即ち、富士市、吉原市、鷹岡町の合併問題は、全市民ひとしく重大な関心を持つ市政上の最重要問題です。昭和34、35年頃から話題となったこの合併問題も、38年9月19日、第一回の広域都市行政研究連絡協議会が発足してから漸く本格的に取り上げられ、ちょうど1年8ケ月目のこの4月13日、こんどは「市の合併の特例に関する法律」に基づいた2市1町合併促進協議会が組織されて愈々、本番となってまいりました。
 最近の2市1町の代表者による話し合いでは明春4月1日を期して合併を実現し、新市の誕生を見ようと申し合せをいたしましたが、これで合併は本決まりではありません。これからの1年、全力をあげて真に市民の福祉が増進されることを前提条件に各種の協議を行うわけですから、合併の成否はこの1年間の動向にあるといっても過言ではありません。
 そこで、合併問題の現状について詳細にお知らせいたすべく「広報ふじ」特集号をお手元におとどけいたします。

◆町村合併とは性格が違う
 私たちの富士市は、昭和29年3月31日当時の富士町を中心に田子浦村、岩松村の1町2村が合併してその名も「富士市」として新発足いたしました。あれから満11年もの歳月が流れましたが、この11年間の富士市の変貌は当時誰一人予測できなかった程のものがあります。今度の2市1町の合併問題はあの時の1町2村の合併とは大いにその性格を異にしております。ましてや市と市の合併は、そう簡単に運ぶものではありません。富士市の当局や市議会が吉原市や鷹岡町に比較してこの問題に消極的であるやの声をきくこともありますが、それは決して無 ◆合併の必要性
 それでは何故、合併をしようとし、協議機関を設置して本格的に推進していこうとするのかに・ツいて申し上げましょう。別に2市1町合併基本方針の全文がありますのでよくお目通しいただきたいと思いますが御案内のように、富士市の将来の生き方は誰が考えましても「工業立市」より外にありません。この意味は工業だけ考えるということでなく、例えば商業都市とか、観光都市というようなその市の性格ずけと解釈していただきたいと思います。熱海市や伊東市が観光都市として将来も隆々発展していく構想をもつならば、富士市は工業都市として永遠に発  そこで、岳南の2市1町はこの際こそ、大同団結して地域全体の力を結集して一大工業都市を建設いたしてまいろうとするところに、合併の一つの目的が生まれて来たものです。水資源一つをとらえても、また道路交通の面をとらえても或いはまた、港湾の地域全体の受益という面からみましてもこの際、2市1町が一つの自治体としてすべての行財政能力を結集すべきであるというのが合併の必要性といってよいかと思います。

◆大切なのは生活環境の整備
 さて、それでは合併は単に工業の立地条件の整備のためばかりでしょうか。
その問題よりもまして重要なことは、市民の生活環境を整備するためでなければなりません。

 これらのことを別な言葉でいえば、市民の所得の増大と雇傭の安定につながる経済開発、それから市民の福祉を増進するための生活環境を良くする社会開発、この経済開発と社会開発こそ、2本の柱として合併の大眼目でなければならないことを確信いたします。生活環境の整備の仕事といっても、それは非常に広範な分野にわたります。まず住宅の問題、子供達の教育の問題、水道、ガス、下水等の日常生活に欠くことのできない問題、公園その他のレクレーションの場所造りの問題、文化の問題、ゴミや汚物の処理の問題、環境美化の問題等数限りもありません  以上記しました一ツ一ツの問題を合併したらどういう形で実現していくか、その計画が新都市建設計画としてこれから協議されてまいるわけです。

◆合併事務局職員決る
▽局長 影山辰男(富士)
▽次長 駒井英雄(鷹岡)
 同 藤田慎一(吉原)
▽総務係長 石川勇(富士)
▽建設係長 高橋嘉雄(吉原)
▽行政係長 芦沢和隆(鷹岡)
▽主事 井口邦美(富士)
 同 前川賢司(吉原)
 同 佐野国雄(富士)
 同 大竹庄二(吉原)
 同 加藤隆(鷹岡)
 同 渡辺文和(富士)
 同 磯邦秀(吉原)
 同 木下孝枝(富士)
▽参事 永井慎一郎(県派遣職員)

都市合併の実例 北九州は百万都市に

 市と市又は二つ以上の市と一つ以上の町村の合併を都市合併といっていますが今までに合併した都市或いは現在進行中の都市を紹介してみましょう。

◇大分、鶴崎区の場合
 これは大分県の大分市鶴崎市、大南町、大分町、大在村、坂の市町の2市3町1村が合併した例です。
 昭和36年7月から話し合いを始め、38年3月10日に新大分市が誕生しました。人口は全部で20万7,151人、面積347平方粁、38年の財政規模は27億8,000万円です。
 この合併は、大分鶴崎臨界工業地帯の中核となる近代的工業都市を建設する目的ですが新産業都市に指定されたことが合併を早めた一つの原因ともなっています。ただ合併の形がタッチゾーン方式といって経過期間5年を定めこの間は、お互いの旧市町村であがっただけの財源でその地区をまかなうという方法ですから、新市民の一体感・ノ乏しく好ましい合併の姿とはいえません。

◇仙塩地区は協議中
 ここは仙台市、塩釜市、名取市、岩沼町、松島町、多賀城町、七ヶ浜町、利府村の3市4町1村の大合併で人口約60万人の大都市を建設しようとしています。ここも新産業都市の指定都市です。

◇5月1日実施の郡山地区
 ここは郡山安積町等1市5町5村の合計11市町村の合併で人口は計19万7,000人、財政規模は全部で約20億円です。
 ここも大分と同じように合併後2年間は旧市町村の地域からの収入は原則的に旧市町村の地区財源とする方法をとったので問題が多いようです。

◇北九州市は5市併合
 門司、小倉、若松、八幡戸畑の北九州5市が38年2月10日、100万都市として合併誕生しました。
 北九州5市合併の問題は数10年来論議されておりましたが、我国4大工業地帯の一つとして益々発展するためには、他の工業地帯に遅れないよう5市の行財政力を結集して、総合的に一本化された新都市を建設する必要があるとの結論に達し、数多くの難問題を解決して世界に例のない、5市合併、100万都市の合併が成功したものです。