広報ふじ 昭和41年11月に吉原市と鷹岡町と合併した富士市広報紙の全記録

昭和38年 3月1日発行 内容

東名高速自動車道路
蒲原−吉原間路線きまる
工費は145億円を予定
昭和43年には全線が開通

 東京−兵庫県西宮間を時速120キロのスピードを出して5時間半で突走る東海道幹線自動車国道のうち蒲原町−吉原市間(延長19.8キロ)の路線が去る2月14日に日本道路公団から関係市町に発表され、富士市では引続き2月22日勤労者会館で関係者70余名の参集を求め第1回の説明会を開きました。工事費は145億円を見込んでおり、日本道路公団では、地元の了解が得られれば4月初めに中心線のクイ打ちを始め昭和40年には70%の工事を完成させ43年には東京−名古屋間を運行開始したいという。

 こんど正式に内示された庵原郡蒲原町神沢−吉原市伝法間の19.8キロ区間のコースはまず神沢で国鉄東海道線を立体交差し山の手に入って日本軽金属蒲原工業の裏山をトンネルで貫通し、富士川町小池地区でさらに国鉄新幹線と立体交差、同町小山を経由して富士川を鉄橋で渡り、富士市に入り林町、四ッ家、貫井の田圃を通過して吉原市伝法のインターチェンジに至ることになっています。
 道路の巾員は27.4メートルの四車線(一車線は3.5メートル)で実際は上下三車の六車線といわれ更に3メートルの中央分離帯が設けられることになっています。
 また富士川を渡る鉄橋の長さは1,100メートルになる見込みで、吉原市伝法にできるインターチェンジの広さは3万2,000から14万8,000平方メートルを予定しています。なおまた建設省の道路整備五ヵ年計画によりますと40年までに吉原−清水間の工事70%を完成、43年には全線開通の予定。
 なお道路公団では、更に吉原−沼津間の路線を5月中に、沼津−小山間の路線を10月までには内定、発表したい意向のようです。

‐ 図表あり ‐
(図表説明)・・・高速自動車国道東海道幹線自動車国道東京静岡線

県下は四車線 時速100キロ
吉原にインターチェンジ

 東海道幹線自動車国道(以下東名高速道路と略称)の調査は建設省において昭和34年度から昭和36年度にかけて、東海道交通処理対策として実施して来ましたが、その調査結果は、昭和36年8月に日本道路公団に引継がれました。
 この間、昭和35年7月25日付をもって「東海道幹線自動車国道建設法」が公布されこの法律にもとづいて東名高速道路が建設されることになったのであります。
 東名高速道路は、愛知県小牧市において名神高速道路と接続し、東京−神戸間の一連の高速道路となるものです。
 このうち東京−静岡間(東京都世田谷区から静岡市まで)については、昭和37年5月30日付で、また豊川−小牧線(愛知県豊川市から小牧市まで)については、昭和37年9月17日付で、それぞれ整備計画が定められ、建設大臣から日本道路公団に対し施行命令が発せられました。

◇車線数
 車線数は、東京都世田谷区から神奈川県足・ソ上郡松田町までを六車線、同町から静岡市まで四車線、豊川市から小牧市までは全区間四車線となっています。

◇設計速度
東京都世田谷区から横浜まで 時速100キロ
横浜市から秦野市まで 時速120キロ
秦野市から御殿場市まで 時速80キロ
御殿場市から静岡市まで 時速100キロ

‐ 図表あり ‐
(図表説明)・・・標準横断図 4車線

◇インターチェンジ
 一般道路から高速道路へ自動車が出入りできる施設をインターチェンジと呼びます。
 インターチェンジ以外の所からは自動車の出入りはできません。
 通行料金の支払は、このインターチェンジの所で行われます。一般道路から高速道路に入る場合に、運転手はそのインターチェンジの名前とその時間を記入したカードをもらい、他のインターチェンジから出る場合にそのカードを渡して料金を払うのです。

◇サービスエリア
 高速自動車道路の利用者が休息したり、食事をしたり、あるいはガソリンの補給をしたりするためには、適当な場所にそれらの施設をもつサービスエリアが必要であります。
 このサービスエリアの施設としては、レストハウス、ガソリンスタンド、簡単な修理のできる自動車修理場等が考えられています。

◇バスストップ
 諸外国の高速道路では、バスストップを設置している例は余りありませんが、わが国の旅客輸送の状況を考えますと、高速道路上を走る路線バスのためのバスストップを設置する必要があります。
 バスの停留所は、高速道路上の通過車の走行を妨げないように、高速道路本線から分離して設置します。プラットホームの長さは60メートルが標準です。