広報ふじ 昭和41年11月に吉原市と鷹岡町と合併した富士市広報紙の全記録

昭和37年 5月10日発行 内容

市長就任の挨拶
明るい市政を築く

富士市長 漆畑五六

‐ 写真あり ‐

今回の市長選挙に当り市民各位の温かい御支援により不肖私が当選し得ましたことは誠に有難く、感謝感激の極みであります。5月7日事務引継を完了し同日より就任いたしました。私は市民各位の御期待に応えるべく市政の伸展一身を捧げる覚悟で努力してまいりたいと存じております。
先ず目標の第一は清新にして明朗な市政の樹立でありますが私は市民各位と十分膝を交えて話し合い、すべて、納得のいく政治を行ってまいりたいと思います。
また都市計画を中心とした工業都市建設基盤の充実、道路行政、教育行政、産業経済の振興対策、市民福祉の増進等、強力に推し進めてまいりたいと存じます。
しかしながらすべての政策を実行してまいりますのには決して市長一人の力ではなし得ません。
市民の選良たる市議会の全面的な御協力と、市民一人一人の御支援、御協力がなければどんな立派な政策も画餅にすぎないと思います。
何卒私ども郷土富士市が将来岳南地域の一大中心地として、発展してまいりますよう全市民各位の御支援を心からお願い申し上げまして私の就任の御挨拶といたします。

市長を去るに当って

前富士市長 遠藤脩治

‐ 写真あり ‐

私は、今回、ここに市長の職を退くに際し、紙上をお借りして、市民の皆様に対し、一言御挨拶申し上げます。
思えば永い間、私は、皆様の温かい御支援によって、首長を務めさせていただきました。
昭和26年4月、当時の富士町長に選ばれ、昭和29年3月、一町二村の合併が成立し新たに富士市の誕生を見るに及んで、再び選ばれて、初代富士市長に就任し、爾後引き続き二期に亘って在任前後通算11年余、大過なくその任を果たすことが出来ましたのは、ひとえに、皆様方の御理解ある御協力の賜と衷心感謝に堪えないところであります。
私は、今後、市政執行機関たる市当局と議決機関たる市議会とが市勢発展のために心を一つにし呼吸を合わせ、市民各位の御協力御支援のもと、和の精神を十分発揮なさって、愛する郷土富士市が、いよいよ大きな伸展を遂げられますよう、切に祈って止みません。
最後に、私は、皆様の御交誼を重ねて感謝し、皆様の御健康と御繁栄をお祈りして、退任の御挨拶といたします。

漆畑市長初登庁
新市議に今村、金指、佐野三氏当選

‐ 写真あり ‐
(写真説明)・・・今村市議
(写真説明)・・・金指市議
(写真説明)・・・佐野市議

 富士市長選挙および富士市議会議員補欠選挙は、4月25日午前7時から市内15の投票所で一斉に行われました。
 一番身近な、もっとも関係の深い選挙だけあって投票率も市長選挙93.03%、市議補欠選挙92.97%という前回を上回る好成績で無事終わりまし・ス。
 また開票は同日午後8時から富士中体育館で行われましたが当選者はつぎのとおりです。

◇市長選挙
漆畑五六(62) 会社重役 松岡1764ノ3
◇市議補欠選挙
今村勝司(58) 会社重役 宮島118
金指昭三(34) 国鉄職員 中島384
佐野好夫(40) 旅館業 下横割275

 なお新市長に当選した漆畑五六氏は、5月7日より市長に就任し、前市長遠藤脩治氏より事務引継を受けたのち、職員に就任の挨拶を行いました。

‐ 図表あり ‐
(図表説明)・・・富士市長、富士市議会議員補欠選挙投票率一覧表

納期が変わる
国民健康保険税

 いままで保険税は、4、6、8、10、12、2の6期にわけて徴収していましたが、昭和37年度から「7月」「9月」「11月」と「2月」の4期徴収することに変更しました。
 従って7月まで令書は発行されませんが、そのかわり1期ごとの納付額は、従前にくらべ50%増える計算になります。
 納税組合等の貯蓄計画において「徴税令書が来ないから…」といわずに前もって計画のある納税貯金で完納できますよう格別の御協力をお願いします。

心配ごと相談所

 このことについては、先般回覧板を以て、お知らせいたしましたが、心配ごとをおもちの皆さんと一緒になって、その解決を考えようとするものであります。
 この相談員には民生委員や保護司の方々の身になって、相談に応じて頂けますので、御気軽におでかけ下さい。今月の開催日は次のとおりです。

5月11日、5月25日 午前9時から午後4時まで

但し受付は両日とも午後2時30分までです。

お知らせ

転入・転出は14日以内に市民課に届出て下さい

タバコ消費税は
市税の中約6.5%を占め
市の大きな財源になっています
‐ イラストあり ‐

人口の動き

人口総数 4万8,865人
男 2万4,689人
女 2万4,176人
世帯数 1万101
転入 384
転出 223
出生 71
死亡 40
婚姻49 離婚0 死産14
(昭和37年4月1日現在、住民登録による)