総工費実に12億5,000万円
岳南工業地帯の発展のカギを握る田子浦港築造工事は旭化成の工場建設と共に着々進められています。田子浦港は総工費約12億5,000万円を投じ出来れば昭和34年度までには完成の予定であります。差し当たって本年度は4億1,000万円がきまり防波堤の突破工事に取りかかることになっていますが、このミナト田子浦は自然港の清水と違いあくまでも人工港として現在の潤井川、沼側の河口を三角形に入口の巾を120メートルに広げ、水深は7.5メートルにするしゅんせつ工事が行われます。ついで旭化成の専門埠頭と公共(一般)埠頭の2つが作
‐ 図表あり ‐
(図表説明)・・・田子浦港旭化成工場建設予定図
第一期は明春4月完成予定
4万3,000市民待望の旭化成工業株式会社富士工場の誘致はすでに田子浦地区に本決まり、この間数ヶ月にわたり工場建設用地0.711平方キロメートル(21万5,000坪)の土地買収が行われてきましたが、この程地元民との話合いでようやく妥結をみました。
土地買収問題は富士市100年の大計を樹立する礎として市議会議員、田子浦地区の地主及び土地耕作者、地元部落民の愛市に燃える熱意によってこれがしかも短期日の内に妥結をみました。市当局者はこの努力に対しただただ感謝いたしております。今後は更に地元民の要望に応え市当局は一日も早く所定の手続きを終え旭化成工場の早期完成を願っております。
カシミロン 加燐硝安を生産
旭化成KK富士工場
かくて旭化成富士工場の建設は、一、二、三期工事(最終投下資本約250億)を以て工場建物及び機械その他諸施設を完備、これが操業開始後は同工場からは、カシミロン日産40トンと加燐硝安年産12万トンを生産することになっています。従って明春3月末ごろまでには第一期工事を終え同4月から製品を送り出す予定で昼夜兼行の突貫工事が行われます。
この「カシミロン」は同社独自の技術によって生産される新合成繊維でまた「加燐硝安」はカシミロン溶剤(硝酸)を紡糸液中より回収これを原料として加燐硝安を製造するという。
誘致条件は富士市が最適
日産40万トンのカシミロンを製造するには1日当たり6万トンの工業用水が必要であって、この用水は純度の良い軟水でなければいけないのです。また加燐硝安は燐鉱石を原料として使用しますがその輸送には陸路では運賃その他の諸経費が必要以上にかかり採算があわず従って海上輸送することが必須条件となっています。
このため特に田子浦港3,000トン級の船舶二隻を同時に接岸可能の旭化成専用埠頭が建設されることになったのであります。
旭化成とはこんな会社
旭化成工業株式会社は大正12年に日本窒素肥料株式会社延岡工場として、野口遵氏によって創業され昭和6年5月同工場を母体とする別会社として発足しました。以来自家発電によるアンモニア、苛性ソーダ等の工業薬品の自給を基礎として、化学繊維、火薬類、硫安、セルロイドその他数十種の化学薬品を製造する総合化学工業会社に飛躍発展した会社であります。
資本金は36億7,000万円
旭化成は昭和6年頃は僅かに1,000万円程度でありましたがその後資本金の増資につぐ増資で昭和32年には実に36億7,500万円という大会社に発展しました。
総売上
264億6,000万円
また旭化成の製造売上げ高は昭和30年10月から昭和31年9月までの製品売上げ高をみますと総売上げ高は実に264億5,800万円にのぼりこの内訳は「レーヨン」がトップで全体の33%の86億8,200万円ついで「ベンベルグ」が31%の81億6,100万円更に「旭味」その他化学製品が全体の20%で40億1,600万円「爆薬加工品」が34億5,400万円で12%その他となっています。
本社は大阪
全国に15事業所
旭化成の本社は大阪市北区宗是町一番地にあり代表取締役社長には片岡武修氏が就任している。特に延岡工場は宮崎県延岡市の人口約11万余のうち工場の従業員は約1万5,000名を数えてその家族を加えると市民の大半は旭化成と何らかの関係があるといわれている。又同工場の敷地は約89万6,000坪の建坪21万7,000坪で水力発電所5か所と火力発電所2つを有しベンベルグ、レーヨン、ダイナマイト、薬品、プラスチック等を製造している。
田子浦浜通り地区(田子、小須、中丸、新浜地区)と駅北東部地区(塔ノ木、川原宿、五味島、南本田、藤間地区)の配水管布設工事は5月30日指名競争の結果、浅野物産KKに落札し8月下旬完成を期して近く着工いたしますこの工事の概要は次の通りであります。
(1)田子浦浜通り
配水管口径200ミリ乃至75ミリ、延長2,916メートル、地上式消火栓36基、鋼管口径75ミリ乃至25ミリ延長2,161メートル、総延長5,077メートル
(2)駅北東部地区
配水管口径150ミリ乃至75ミリ、延長5,829メートル、地上式消火栓51基、鋼管口径75ミリ乃至30ミリ延長822メートル、総延長6,651メートル
今後は配水地などを
2号井さく井の完成については4月号で、お知らせいたしましたが、以来水中モーターポンプ(径175ミリ50馬力)を据付け、ポンプ室の築造構内整地等を急いでおりました処、6月10日ポンプ室及び電源の接続工事を終わり、荏原実業KK、日東電設工業KK、浅野物産KK等工事関係者立合の上、取敢えず試運転を行った処成績は上々で、計画水量の揚水を確認いたしました。尚このモーターは水中にあり水冷式で注油の必要もなく約600メートル離れた第一号水源地で、押ボタンにより運転操作を行うものです。
これで水源の拡充が出来ましたので、今後は防火用水の確保と、ポンプ運転に要する動力費の軽減を目途とする配水地の築造、並びに給水の早期完成を目ざし、配水管布設に主力をそそぐこととなります。
なお水中モーターポンプについては7月号で詳しくお知らせします
‐ 写真あり ‐
(写真説明)・・・岩松2号水源ポンプ場
‐ 図表あり ‐
(図表説明)・・・同水源増設ポンプ(左側)
日本中がメートル法になる日が近づいてきました。昭和34年1月1日がその日です。メートル法は最良の単位であります。生活をよりよくするために、科学や産業の発展のために、世界と強く手をむすぶためにも一日も早くメートル法を一つにいたしましょう。
参考までに台所(手近)にあるメートル法を容器をとおして目分量、手分量をおぼえましょう。
たとえば容器では
○しょう油びんは2リットル 100立方
○ヨーグルトびんは100立方センチ
目方では
○食卓塩のびん詰は100グラム
○マカロニ一包は200グラム
などというように、おぼえましょう。
入選作品に盛沢山の賞品
富士市は市教委会、観光協会、商工会議所、文化連盟の公園により米の宮公園まつりの写真及び絵画展覧会を次の要領で実施します。
これは、市内の一般および生徒児童から募集した観光写真や、市内の風景絵画を広く市民に供覧させようというのが狙いであり・ワす。
写真の展示会場は、本町4丁目仮設店舗(名店街)で、6月26日から7月3日まで毎日午前9時より午後7時まで行っております。
また絵画は第一会場を本町4丁目仮設店舗に、第二会場として米の宮公園内に2か所に設け、前者は6月28日から30日まで、後者は、7月1日から3日まで毎日午前9時より午後7時まで、それぞれ展示します。
なおまた入選作の賞品授与式は、7月2日午後4時から米の宮浅間神社社務所において行い、富士市長賞をはじめ、教育長賞、観光協会長賞、商工会議所会頭賞、議会議長賞、などの盛沢山な賞状と賞品が贈られることになっています。(教育委員会)
傷病恩給の再審査請求の期限満了は一律に昭和34年3月であります。従って期間満了6か月前までに傷病疾病が回復しない場合は本年10月1日以降昭和34年3月末日までの間に症状を明らかにした恩給診断書により再審査請求の手続きを取って下さい。また昭和33年9月30日以前の現症による恩給診断書ではこの再審査請求を行う事はできませんので注意して下さい。
この請求手続きについては、本人が書類を直接恩給局に提出することになっておりますので昭和33年10月1日以降成るべく早く出すのが良いが昭和34年3月末日までに恩給局に必着するようにして下さい。この提出期日を忘れますと再審査請求は時効になり請求権が消滅します。
再審査請求を恩給局に提出する際恩給証書を添付しなければなりませんので、その時期が証書の有効期限内であるならば時期支給期と再審査請求に対する裁定予想時期との関係を考慮して下さい。例えば昭和33年10月の又は昭和34年1月の若しくは、同年4月の支給を受けた直後を可とし、恩給局に請求書が到着後裁定迄の期間は恩給局における手持請求書の多寡や業務の繁閑等その時期にもよりますので一概には云えませんが、先ず1、2か月と予想するのが適当と考えます。
以上傷病恩給(有期)の再審査請求に関する注意を指摘しましたが不明の点がありましたら福祉事務所(市役所厚生課)に問合せて下さい。
尚、戦傷者戦没者遺族等援護法による請求も昭和34年3月末日を以って時効により権利が消滅する事になっておりますので戦没者遺族等では弔慰金及び遺族年金等を未だ請求してない方は至急市役所厚生課に申し出て請求する様手続して下さい。(厚生課)
メートル法がいよいよ来年1月1日から実施されますが富士市商工課はお買物はメール法で…とこんどわかりやすいメートル法の「シオリ」を作り各戸に一枚配布しました。見易い場所にはり利用して下さい。
住民登録転入、転出は14日以内に戸籍課又は支所へ
市民税一期
納期日 6月30日
人口総数 4万3,570人
男 2万1,737人
女 2万1,833人
世帯数 8,165
転入 220
転出 172
出生 72
死亡18
婚姻 45
離婚 3
(6月1日現在、住民登録による)