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【広報ふじ平成28年】富士の災害史

【過去に学ぶ富士の災害史】
第7回 田子浦の海嘯(かいしょう)(高潮)(明治32年)

 「富士の災害史」は、過去に市域が見舞われた災害を皆さんに理解してもらい、防災意識を高めていただくため、平成25年3月に発行されました。広報ふじでは、定期的に抜粋して掲載しています。
田子浦村・元吉原村の被害
 明治32年(1899年)10月7日、田子浦村から元吉原村にかけての海岸一帯に、台風による海嘯(かいしょう)(「つなみ」という読み方もあります)が押し寄せました。当時の新聞記事や『田子浦海嘯始末』に次のように記されています。
 田子浦村では、前田新田から四軒屋までの4キロメートルに被害が及びました。海からの波と潤井川や入道川から流れ込んだ濁流で逃げ場を失った住民は、わずかに高い海岸砂丘に避難しました。松の木に棚を組んで高齢者や子どもを乗せたり、太い縄を松の木に巻いてしがみついたりして、波に押し流されないようにしていました。多くの死傷者を出し、嵐がおさまり家々が流された一帯は、砂原のようになりました。
 一方、元吉原村鈴川では、吉原湊(みなと)(現田子の浦港)から押し寄せた潮流により、鈴川(現吉原)駅をはじめ、近くの旅館、運送店、飲食店などが水没しました。鈴川駅にあった荷物や各運送店の荷物は塩水につかり大損害を受け、家財を屋根の上に出す住民もいました。
 また、当時、鈴川の砂山地区は、鈴川駅にほど近く、老松の松並木から南に伊豆半島、北に富士山を眺める風光明媚な地として知られ、歌舞伎俳優の9代目市川団十郎や、政財界人などの別荘が相次いで建てられました。しかし、この海嘯により、30棟余りあった別荘は跡形もなく失われました。

- 写真あり -
(写真説明)現在の様子
(写真説明)海嘯による被害を受けた鈴川(現吉原)駅(鈴川本町)

こちら編集室

 平成28年11月1日、富士市は市制施行50周年を迎えます。富士市がもうすぐ50歳になると聞くと、このまちに生まれ、成人し、父親になった40代半ばの私にとっては、どこか自分の人生と重なるようで、感慨深いものがあります。先人の皆さんの努力により発展した富士市。改めて市の歴史を振り返るとともに、子どもたちや若い人たちが将来このまちで活躍することを願いながら、市民の皆さんとともに記念事業を盛り上げていきたいと思います。(T)

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