(6)山宮浅間神社
◎遥拝(ようはい)所から富士山を望む(富士宮市山宮)
山宮浅間神社には富士山を拝むための遥拝所があります。これは、古い富士山祭祀(さいし)の形をとどめているものと考えられています。遥拝所の周囲には溶岩礫(れき)を用いた石塁が巡っています。遥拝所内部には、祭壇や祭祀列席者の座席と考えられる石列が設けられています。
浅間大社の社伝によれば、浅間大社の前身であるとされています。
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( 写真説明 )山宮浅間神社
(7)村山浅間神社
◎修験道の中心地(富士宮市村山)
村山は、富士山における修験道の中心地であり、明治時代まで興法寺という寺院がありました。
鎌倉時代には、修験者により寺院が成立し、「絹本著色富士曼荼羅図」が描かれた16世紀には、修験者や道者が集まっていたと考えられています。
近世には、村山三坊(さんぼう)が興法寺や大宮・村山口登山道などを管理しました。
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( 写真説明 )村山浅間神社
(8)須山浅間神社
◎須山口登山道の起点(裾野市須山)
須山浅間神社は須山口登山道の起点になった神社で、江戸時代の富士講をはじめ富士山頂を目指した多くの人が立ち寄った場所です。
拝殿手前右側にある覆い屋の中の古宮(ふるみや)と呼ばれる小社(こもり)は1611年に建立されたものと考えられています。境内の樹齢400〜500年以上とされる約20本の杉の巨木が、須山浅間神社の歴史を物語っています。
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( 写真説明 )須山浅間神社
(9)冨士浅間神社(須走浅間神社)
◎須走口登山道の起点(小山町須走)
須走口登山道の起点となる神社で、富士講信者が多く立ち寄り、33回を一つの区切りとする登拝回数などの記念碑が約70基残されています。
社伝によれば、807年に造営したと伝えられ、1707年の宝永噴火では大被害を受けましたが、1718年に再建、修理を重ね、現在に至っています。「御鎮座千二百年記念資料館」が併設されています。
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( 写真説明 )冨士浅間神社
(10)人穴富士講遺跡
◎溶岩洞穴と200基を超える碑塔群(富士宮市人穴)
人穴富士講遺跡には、溶岩洞穴「人穴」と富士講講員が建立した200基を超える碑塔などがあります。富士講の開祖とされる長谷川角行(かくぎょう)は、「人穴」にこもって修行し、この地で亡くなったとされています。「人穴」は角行の修行の地・入滅(にゅうめつ)の地として信仰を集め、先達の供養碑や記念碑などの碑塔を建立することも多く行われました。
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( 写真説明 )人穴富士講遺跡
(11)白糸ノ滝
◎国の名勝及び天然記念物(富士宮市上井出)
富士山の湧水(1日平均15〜16万立方メートル)が約120メートルにわたって噴出し、数百条の白糸が垂れているように見えます。
富士講関連の文書によれば、長谷川角行が「人穴」での修行と合わせて水行を行った地とされ、富士講信者を中心に人々の巡礼・修行の場となりました。また、絵画で描かれるなど、景勝地としても有名です。
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( 写真説明 )白糸ノ滝