あの日から40年目の夏
1971.7.30 航空機事故
昭和46年7月30日午後2時過ぎ、岩手県雫石町上空で全日空機と自衛隊機が衝突し、乗客・乗員162人全員(そのうち富士市民は125人)のとうとい命が失われました。この事故は、当時の民間航空史上最大の飛行機事故と言われ、多くの人々に深い悲しみをもたらしました。
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( 写真説明 ) 慰霊の森(岩手県雫石町)
少年交流事業
今から40年前、緑豊かな山々に囲まれた岩手県雫石町上空で、航空機事故が発生しました。犠牲者には多くの富士市民が含まれ、その遺族と雫石町の皆さんにより、平成15年の33回忌まで、毎年現地で慰霊祭が行われていました。
その後、この悲しい事故を後世に伝えるために平成16年度から始まった富士市・雫石町少年交流事業。8回目となることしは、7月28日〜31日に雫石町の子どもたち32人を富士市に迎え、富士市の家庭でホームステイ体験などを行いました。
岩手県雫石町
岩手県岩手郡雫石町は、岩手県の内陸部に位置し、人口約1万8000人、面積は約609平方キロメートルの自然豊かな町です。
町内には小岩井農場があり、乳製品が特産品です。童話作家・宮沢賢治は、幾度となくこの地を訪れ、数々の作品を生み出しました。
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( 写真説明 ) 茶摘みに挑戦した雫石町の子どもたち(大淵)
新しく芽生える「きずな」 また会おう。約束だよ。
インタビュー
40年前の航空機事故を風化させないために始まったこの交流事業も、今回で8回目を迎えました。
富士市で迎えていただいた子どもたちは、40年前の悲しい出来事を知らない世代です。
しかし、この交流事業を通して、お互いに友情の輪が広がり、新しいきずなが生まれています。雫石町では、この交流事業をきっかけに子ども会ジュニアリーダークラブが誕生し、過去にこの事業に参加した子どもがリーダーになっています。また、東日本大震災の際には、富士市の皆さんから励ましの声をいただき、本当に勇気づけられました。
これからも、富士市と雫石町との交流がさらに広がり、新しい世代にも末永く続いていってほしいと思います。
来年は雫石町で皆さんをお待ちしています。
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( 写真説明 ) 雫石町教育委員会 吉川健次(よしかわ けんじ)教育長
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( 写真説明 ) 富士市・雫石町少年交流事業フォトレポート(2011.7.28〜7.31)
(1)茶摘み体験(大淵)
(2)歓迎式で富士市と雫石町の子どもたちが対面
(3)富士登山(宝永山)
(4)紙バンド工作に挑戦
(5)航空機事故の時刻に黙とうをささげる
(6)ホームステイ先の家族とともに夕食
(7)帰郷式での別れ