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【広報ふじ平成8年】富士の民話あれこれ

鶴の茶屋
 本市場の保健女性センター西側に、「鶴芝の碑(鶴の茶屋跡)」が建っています。碑の前を通る道は旧東海道、その昔、多くの旅人が、この鶴の茶屋で一服し、旅の疲れをいやしました。
 今回は、茶屋の子孫で、碑を守っている荻野さんからお話を伺いました。

 昔、本市場は、東海道五十三次の吉原宿と蒲原宿の間(あい)の宿(しゅく)でした。間の宿とは、大きな宿場と大きな宿場の間にある小さな宿場のことで、そこに一軒の茶屋がありました。その茶屋は、ねぎの雑炊や甘酒、うなぎの蒲焼(かばや)きなどが名物で、結構繁盛していたそうです。茶屋の前には小川が流れていて、そのわきに大きな柳の木が立っていました。道行く旅人たちは、その木に馬をつないで茶屋に腰かけ、名物を食べては旅の疲れをいやしました。
 そして、その茶屋に腰かけ、富士山を仰ぐと不思議なものを見ることができました。それは鶴の姿でした。富士山の中腹を望むと、林の間に芝生が見えて、夏は青く、冬は白雪に輝き、その姿はまるで鶴が舞っているように見えたと言います。
 また、亀が泳ぐ姿のようにも見えたと言われており、「鶴芝、亀芝」と旅人たちは、とても珍しがりました。
 そうしたことから、だれいうことなく、この茶屋を「鶴の茶屋」と呼ぶようになったということです。
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荻野九馬(きゅうま)さん(本市場)
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 鶴芝の碑は、京都の画家・蘆州(ろしゅう)が鶴をかき、書は江戸の儒者・亀田鵬斉(ほうさい)が書いたもので、文政3年(1820年)に建てられました。
 私が生まれたころには、もう茶屋はやっていなかったけれど、祖父の代までは茶屋を開いていたそうです。そのためか、古くから住む近所の人たちの中には、我が家のことを「茶屋の家」と呼ぶ人もいますよ。
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