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【広報ふじ平成8年】特集・核兵器廃絶

核兵器のない平和な地球のために

 昭和20年8月6日の午前8時15分、地球上で初めて原爆が投下された瞬間です。
 その悲劇から50年以上過ぎた現在、私たち人類は、いまだに核の脅威から解き放たれてはいません。
 核兵器は、多くの人を一瞬にして殺傷するだけでなく、放射能による環境破壊やその後遺症、被爆したといういわれなき偏見・差別までも与え、人々を苦しめ続ける憎むべき兵器です。
 核兵器はもちろん、核兵器の使用に結びつける戦争や人類のエゴなどが、地球上からなくなる日は、一体いつなのでしょうか。
 今回の特集は「核兵器廃絶」。私たちは、地球上から核兵器をなくすために何ができるのか、一緒に考えてみませんか。

*この特集記事は、平成8年7月25日現在の編集によるものです。

 午前8時15分−
 一瞬目も眩(くら)むような閃光(せんこう)を全身に感じた北(主人公)は、ハッとして顔を上げ、視線を窓の外に向けた。すると市街地上空には驚くべき現象が起こっていた。白い朝顔の花のような巨大な光幕が、青い天空の中をサーッと超スピードで四方に広がって行くではないか。それは太陽が突然何千倍にもその輝きを増したのかと思われるような衝撃的な明るさを持っていた。
 次の瞬間、北は、今度は至近距離でマグネシウムが大量に焚(た)かれたような閃光と熱線の照射を顔面に受けた。
 「熱いッ」と、北は口の中で叫んだ。すぐ近くに新たな爆弾が落ちたと判断した北は、とっさに坐(すわ)っていた椅子(いす)をはねのけて床上に伏せ、両手で耳と目を被(おお)った。
 1秒、2秒、と奇妙な静寂が過ぎ、心臓の鼓動が高鳴るのを感じたとき、天地が裂けたかと思われる轟音(ごうおん)と振動(しんどう)が響いて爆風が頭上を掠(かす)め、伏せた身体(からだ)の背面にばらばらと物が落ちて来た。
《柳田邦男著「空白の天気図」(新潮文庫)より抜粋》
- 写真あり -


 「核兵器廃絶平和富士市民の会」会長の小長谷保さんから、平和を訴える市民活動のあり方、富士市での活動のこれからなどについて、お話を伺いました。

「核兵器廃絶平和富士市民の会」会長 小長谷(こながや)保さん(弁護士)
- 写真あり -

−まず、「核兵器廃絶平和富士市民の会」について教えてください。
 富士市は、昭和60年11月19日に、市議会の議決を得て、「核兵器廃絶平和都市」を宣言しました。この宣言は、核戦争の脅威に対する市民の意思を踏まえて、平和への願いを国の内外にあらわしたものです。
 そして、「核兵器廃絶平和富士市民の会(以下、平和富士市民の会)」は、平和都市宣言をきっかけに、それまで 推進活動を続けてきた市民団体を基礎として結成。以降、平和を推進するための活動を毎年行っています。
 平和富士市民の会の主要活動は、毎年11月に開催する「核兵器廃絶平和都市宣言記念集会」、8月の「平和のための富士戦争展」、「平和のための親子バスツアー」などが挙げられます。

−小長谷さんが平和活動に携わっていくこととなったいきさつは?
 私が平和富士市民の会の実行委員になったのは昭和63年。生まれ育った富士市に戻り、地元で弁護士活動を始めたころでした。そして、その年度途中に、会長を引き受けました。
 弁護士というものは、職業柄「人権」や「平和」という問題におのずと触れることが多くなります。そんなことが私を平和活動に駆り立てていったのだと思いますが、その根源は学生時代にさかのぼります。私が大学生のころは、学生運動が真っ盛りでした。平和や権利について社会全体がうねっていた時代です。加えて、周りには司法試験を受ける友人も多かったので、私はかなりの影響を友人から受けましたね。

−富士市における平和活動のあり方について、どのように考えていますか。
 大学時代の一番の親友は、広島出身者でした。彼らは、戦争反対、平和を強く訴える土地に生まれ育ったため、平和や人権の大切さを体全体で知っているんですよ。私は戦後生まれなので、戦争のことは、頭では知っていても、体では知っていません。しかし、広島や長崎、沖縄などは、今もなお町中に戦争の傷跡が残っていて、戦争の知らない子供でも、自然に実体験的な平和教育がなされます。
 その点、富士市では戦時中の空襲などによる大きな被害は報告されていません。つまり、軍隊経験者やその家族、遺族の人などを除いて、悲惨な戦争体験を持つ人はあまり多くないのでは…。
 そのような土地柄のためか、平和を訴える市民活動が、地域のネットワークや社会的な展開にまでなかなかつながらないのが富士市の特徴と言えます。

−平和富士市民の会のこれからの活動について一言お願いします。
 主要行事を中心に、今まで以上に核兵器の恐ろしさ、戦争の愚かしさ、今の社会が平和であることのすばらしさなどを訴え続けていきたいと思います。
 平和活動は、社会を安全で住みよくするという目的において、環境運動や消費者運動などと全く同じなのです。これからは、若い人や女性の力が重要になります。与えられた社会や環境を受動的に選択するだけなく、みずからが社会を改善していく時代です。ぜひ、より多くの人に平和活動へ参加していただきたいですね。


核兵器廃絶平和都市宣言
 戦争の惨禍(さんか)をなくし 世界の恒久(こうきゅう)平和を実現することは 全人類の願いであり 世界で初めての被爆体験を持つ日本国民の悲願である
 しかしながら 核軍備拡大競争は 依然として進み 平和に対する 深刻な脅威(きょうい)と 戦争の危険は後退していない
 富士市は 平和憲法のもとで 平和で明るい生活を享受(きょうじゅ)するため 市民憲章を制定し 市民の行動原理として培(つちか)ってきている
 富士市民は 戦争をなくし 真の平和を実現するための努力を明らかにし 富士山のように 広く 美しく 高く たくましく 正しく生きることを悠久の理想として 非核三原則を遵守(じゅんしゅ)し すべての核兵器の廃絶を求めることを市民の総意とする平和都市を ここに宣言する
 昭和60年11月19日 富士市

感想文 「平和のための親子バスツアー」に参加して

 「平和のための親子バスツアー」は、核兵器廃絶平和富士市民の会の主催で、平成2年から実施しています。被爆地広島を訪問し、原爆遺跡のフィールドワークや平和記念資料館、似島(にのしま)戦跡めぐりなど、現地での体験学習を通して、参加者に戦争の悲惨さ、核兵器の恐ろしさ、平和の大切さを実感してもらおうと、毎年8月に開催しています。
 (ことしは8月18日〜20日に開催)


加納佑亮(ゆうすけ)君・小学五年(増川)
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 一つのばくだんで14万人もの人々が一しゅんで死んでしまった。こんなに、い力のあるばくだんとは、おそろしい物だと思った。平和って幸せだなー。このまま人が戦争をおこさなければ安心できるのになーと思った。
 中国やフランスで核実験の話があるけど、広島に落とされた原ばくの何十倍のい力だそうだ。世界の人々が安心できる日は、いつになるんだろうか?そんなコワイ実験はやめてほしい。


斎藤晴美さん・主婦(比奈)
- 写真あり -
 小学4年の息子が広島へ行って“原爆の子の像”を見たいと言い、それではぜひ、戦争の悲惨さ、原爆の恐ろしさを知って、少しでも平和がどんなにすばらしいものか感じてくれたら…と思い、このツアーに参加いたしました。下の子も連れて広い公園内を歩き回ったり、戦争のきず跡の残っている似島めぐりをしたり、大変な汗を流した旅でしたが、本当に思いきって行ってよかったなという気持ちで、今はいっぱいです。
 平和記念資料館では、原爆が落とされたという事実を焼けこげた衣服や三輪車、レンガなどが生々しく伝えており、広島市内をあらわす模型は、家が所狭しと立ち並ぶ原爆の落とされる前と、落とされた後の廃虚と化した街の様子が一目瞭然に示されていて、何ともやりきれないショックを受けました。
 また、被爆者増本さんのお話は貴重な体験でした。平和公園のさまざまな碑や像の前に立って、その碑のいわれや歴史的事実などを話す増本さん。まさに、その時の様子が鮮明に再現されるかのように私の心に迫ってきました。私も二人の子の母親。「嵐の中の母子像」や「教師と子供の碑」を見ていると、自分がやられても、子供たちを守ろうと必死になっている母親や教師の心情が痛いほど伝わってきて、胸が締めつけられる思いがしました。


そのほかの参加者の感想文から
★にの島の中学校の校ていから骨が六百何体も出てきたなんておどろきました。 (10歳)
★[平和公園に転がっていた黒いかけら(被爆した家のかわら)を持って帰りました。原爆の熱に溶かされた焼け跡を見ると「これは無言の証言者だ」と感じます。 (主婦)
★核兵器は、地球上から抹殺すべきものだ。日本は先頭に立って、これらの廃絶に向かって前進してもらいたいと思う。 (72歳)


「平和のための親子バスツアー」実行委員 鈴木良信さん
- 写真あり -
 私は、親子バスツアーの初回から参加しています。当時は一般参加で、原爆ドームや平和記念資料館、似島(にのしま)などを見学しました。中でも似島が印象に残っています。似島は、広島湾の中にある小島で、原爆の負傷者や死者が約2万人以上も運び込まれた場所です。
 見学から帰ってきて、私は「このすばらしいツアーは、もっと続けるべきだ」と感想文に書きました。そして、核兵器廃絶平和富士市民の会の小長谷さんに誘われ、翌年からは、実行委員として参加するようになりました。
 バスツアーは、毎年8月に二泊三日で実施しています。長距離のバス旅行ですので、車中では、広報広聴課から借りた戦争・平和関係のビデオを見て事前学習したり、広島の原爆に関するクイズを出題したりして、参加者が飽きないように工夫しています。
 見学後、参加者から「バスツアーを通して親子のふれあいを深めることができた」「親子で戦争や平和のことを話し合った」「夏休みの宿題でツアー体験を話し、クラスの仲間に戦争の悲惨さを伝えることができた」などの話を耳にします。とにかく百聞は一見にしかず、バスツアーに参加することで、多くの人が戦争や平和について考え、話し合ってもらえれば…と思います。
- 写真あり -
( 写真説明 ) 教師と子供の碑
( 写真説明 ) 原爆ドームと昨年の参加者の皆さん


'96平和のための富士戦争展
“戦争の姿を知り、沖縄と憲法を考える”
8月27日(火曜日)〜31日(土曜日) 10時〜20時 ロゼシアター展示室 《入場無料》

展示内容
●日本(軍)はアジアで何をしたか
●アウシュビッツの惨劇
●満蒙(まんもう)開拓
●シベリア抑留
●戦時下の国民の暮らし
●核兵器廃絶と広島・長崎
●沖縄の悲劇
●憲法公布50年
●「安保」ってなぁ〜に?
●本の読み聞かせ
●ビデオ上映「はだしのゲン」「アンネ・フランク」「華僑(かきょう)虐殺」「戦争と青春〈劇映画〉」ほか
*10〜20人の団体ビデオ鑑賞にも応じます。希望者は早目に連絡してください(無料)
問い合わせ 「平和のための富士戦争展」実行委員会事務局(富士市職員組合 内線2151)


お貸しします 広報広聴課 内線2822
★ビデオテープ
・教えられなかった戦争−侵略・マレー半島(110分)
・証言 侵略戦争 人間から鬼へ、そして人間へ(43分)
・核戦争後の地球 第一部「地球炎上」(30分)
・核戦争後の地球 第二部「地球凍結」(30分)
・火垂(ほた)るの墓(90分)
・にんげんをかえせ(20分)
・君知ってる?首都炎上 アニメ東京大空襲(18分)
・はだしのゲン(90分)
・はだしのゲン2(90分)
・ヒロシマに一番電車が走った(30分)
・つるにのって−とも子の冒険−(27分)
・見上げればひまわり−千恵子さんとともに−(30分)
・チェルノブイリ・クライシス史上最悪の原発事故(57分)
・さよならカバくん(25分)
・おばけ煙突のうた(42分)
・十六地蔵物語(26分)
★十六ミリ映画フィルム
・核戦争後の地球 第一部「地球炎上」(30分)
・核戦争後の地球 第二部「地球凍結」(30分)
・おこりじぞう(27分)
・おかあさんの木(20分)
・100番目のサル(20分)
・核戦争(15分)
( )内は放映時間

 地球上唯一の被爆国、日本。そして、「核兵器廃絶平和都市」を宣言した富士市に住む私たち。私たちは、核兵器が地球上からなくなる日が、早く来ることを望みます。そして、世界に向け、核兵器廃絶を訴えます。
 昨年の8月、富士市は、中国とフランスに対し、核実験に抗議し中止を求める要請文を送付しました。しかし、なおも中国は核実験の継続を表明しています。
 また、世界情勢を見ても、核拡散防止条約(NPT)の無期限延長に伴って、包括的核実験禁止条約(CTBT)の調印が迫っています。しかし、核保有国が進める「核爆発を伴わない模擬実験」は、禁止対象外のため、核に関する実験は継続されます。
 私たち富士市民は、核兵器廃絶に向けて、何を見つめ、何を考えたらいいのか、そして、何ができるのでしょうか。
 ことしの夏、家族や友人で「平和」について話し合ってみませんか。
添付ファイル
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広報広聴課 (市庁舎8階北側)
電話:0545-55-2700 ファクス:0545-51-1456
メールアドレス:kouhou@div.city.fuji.shizuoka.jp
〒417-8601 静岡県富士市永田町1丁目100番地 電話 0545-51-0123 ファクス 0545-51-1456
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