5月12日は。「看護の日」。世界的には「ナイチンゲールの日」として知られています。
5月になると、木々の新緑が日に日に濃くなり、渡り鳥も本格的に活動し始めます。何千キロメートルの長旅を終え、ようやくたどり着いた場所で子育てに励むつばめたち。彼らにとって5月の日本は、まさに「我が家」なのかもしれません。
しかし、長旅の途中で翼を傷つけたつばめのように、人生の長旅の途中で、不幸にも病に倒れて「我が家」に帰ってくる人もいます。でも負けてばかりはいられません。病との闘いを手助けしてくれる仲間がいます。家族の温かい介護はもちろん、かかりつけの医者や訪問看護婦さんは心強い味方です。特に訪問看護婦さんは、白衣を着ていなくても、「我が家」で病と闘っている人にとっては「天使」なのです。
今回は、訪問看護婦さんを中心に、日ごろの過酷な仕事にもめげない、とても魅力的な天使たちを紹介します。
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( 写真説明 ) 「おはよう おばあちゃん、元気にしてた?」
市立中央病院には、現在610床のベッドがありますが、いつも混んでいる状態です。けがや病気で入院した患者は、全快して退院する人ばかりではなく、家庭へ帰ってからも治療や回復訓練などに専念する人も少なくありません。
訪問看護婦さんは、主に脳卒中などで入院していたお年寄りが退院し、家庭へ帰ってからの身体のチェックを行います。また、患者の介護方法やリハビリなどについて、家族への指導も行います。
いつも元気な看護婦さん
新留(にいとめ)トヨ子さんは、市立中央病院の初代訪問看護婦。4年前に就任してから今まで、たった一人の訪問看護婦でしたが、ことしの4月から二人になりました。
ポカポカと暖かい4月のある日、初の出番となる渡辺万里子さんと一緒に川成島の大竹長一(ちょういち)さんのお宅を訪問しました。長一さんの妻、隆江さんは、4年前に多発性脳梗塞のため倒れ、それ以来、入退院を繰り返したのですが、症状は重く、寝たきりになってしまいました。
新留さんとの出会いは、2年前。隆江さんの介護に疲れ果てて暗くなっていた長一さんを、いつも元気な新留さんが明るく励まし続けました。今では週1回の訪問を夫婦そろって待ちわびています。
まずは健康チェック
「おはよう、大竹さん。元気にしてた?」新留さんと渡辺さんがやってきました。いつもの元気のよさが、部屋じゅうを一瞬にして明るくします。
最初は、健康チェック。隆江さんの血圧や脈拍をはかります。そして尿や便の回数、食欲などについて長一さんから話を聞きます。新留さんは、あくまでも看護婦という立場なので、治療方針の決定や薬の処方までは行いません。患者の病状を主治医に相談して、その指示に従います。
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( 写真説明 ) まずは、血圧をはかりましょう
床ずれは小さくなったかな?
次に床ずれの状態を確認します。ことしの1月には、直径20センチメートルもあった大きな床ずれも今では3センチメートルほどに小さくなりました。ベッドを日当たりのよい部屋の南側に置き、晴れた日には直接日光を当てて消毒したり、小まめな体位変換や栄養のバランスを考えた食事療法などを新留さんが家族に指導してきた成果があらわれました。
そして床ずれの処置を行います。今回は消毒して薬を塗り、ガーゼを交換するだけですが、皮膚の腐敗がひどい場合は、その部分をはさみで切り取ります。そうしないと新しい肉が形成しないのです。
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清拭(せいしき)のタオルは電気ジャーで保温
清拭とは、体をきれいにふいてあげること。入浴できれば一番いいのですが、体調が悪かったり介助者不足や十分に設備が整っていない場合に行います。きょうは、長一さんが風邪ぎみなので入浴はお休みです。
常に熱いぬれタオルでふいてあげます。小さ目のタオルを何枚も用意して、電気ジャーで保温しておけば、必要に応じて使えます。顔から上半身、下半身へと部分ごとに新しく熱いぬれタオルで清拭します。
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( 写真説明 ) 電気ジャーで、ぬれタオルを保温しておくと便利です
天気がいい日は車いすで散歩
天気がいい日は、車いすで近所を散歩します。ベッドから車いすへの移動が一番の重労働。腰を痛めないように、ひざを使うのがコツです。また車いすで段差や坂をおりる場合は、必ず後ろ向きに。足腰に力がなく、ただでさえ車いすからずり落ちてしまいそうな人が、前向きにおりると大変なことになってしまいます。
家の近くの川沿いへ桜見物に。近所の人も大竹さんたちに気軽に話しかけます。
散歩などの適度な刺激も必要ですが、それがけいれんなどのトラブルを引き起こしては大変。散歩には、新留さんも付き添います。
散歩から帰ったら、再び隆江さんをベッドへ移して、休む間もなく長一さんに処置用具の消毒方法を指導。使った用具を15分間煮沸消毒します。
大竹さんは二人暮らし。今では長一さんの妹の村瀬君代さんが手伝ってくれますが、以前は一人で介護していたので、新留さんには、介護の方法や知識だけでなく、家事の仕方も教わりました。
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( 写真説明 ) うまく消毒できるかな?
ふだん着の天使
新留さんが訪問してから、一通り終了するまで約1時間半。患者の状態によって差はありますが、一軒の訪問につき大体1、2時間かかります。1日に4軒訪問すると、中央病院へ戻るころにはぐったりと疲れてしまうとのこと。現在14人の患者を1人につき週1回から2回、訪問看護しています。
患者の家族の悩みを聞いたり精神面のケアも大切な仕事。新留さんが白衣を着ていないのも、患者のふだんの生活を大切にしたいという気持ちから。
いつも元気な新留さんは、患者にとって、希望を運ぶ 「ふだん着の天使」なのです。
大竹長一さんのお宅を取材する直前の4月11日に、訪問看護婦の活動について、長一さん本人から「市長への手紙」として広報広聴課へお便りが届きました。
大竹長一さん(川成島)
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現在、我が家では、4年前に発病した妻を介護しています。妻は、中央病院への入退院を繰り返しているので、その都度、医者や看護婦の皆さんにはお世話になっています。
妻の病名は「多発性脳梗塞」で、痴呆症も進んでいます。平成4年2月の退院のとき、担当の医者から「ことしの桜の花を見られるようならいいのですが、いつ症状が急変しても不思議ではない状態です」と言われました。
退院して間もなく、中央病院の地域保健科から訪問看護婦として新留さんが来ることになったのです。新留さんは、床ずれの処置、排せつ物の始末や散髪までしてくれました。また、妻の入浴のときは自分までびしょぬれになりながら一生懸命洗ってくれます。まさに「かゆいところに手が届く」ような介護の姿に涙することもたびたびありました。
懇切丁寧な訪問看護のおかげで、最初はずっと寝たきりだった妻も車いすで外出できるまでに回復し、先日は自動車に乗せてもらって孫の運動会やサッカーの試合見物にも行きました。
新留さんは、妻の体調が悪いときに電話すると、休日にもかかわらず駆けつけてくれたり、悲観的で沈みがちな私を「お父さんなんか、まだまだ恵まれた方よ」と励ましてくれますし、新留さんは、私にとっても精神的な支えとなっています。今は、夫婦ともに週一回の訪問看護を首を長くして待っています。
多くの人が、自分たち以上に在宅介護について苦しみ、悩んでいることと思います。今後とも末永く訪問看護を継続するようお願いします。
「訪問看護」について新留トヨ子訪問看護婦に伺いました。
中央病院地域保健科 新留(にいとめ)トヨ子訪問看護婦
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高齢化社会と言われる今日、平均寿命が延びたのと同時に寝たきりや障害を持った人がふえてきました。市立中央病院では、平成元年1月に訪問看護がスタート。最初はたった一人だった訪問看護婦も、ことしの4月からやっと二人になりました。現在まで59人の患者さんや家族の人に訪問看護婦としてかかわってきましたが、医療の発達とともに、経管栄養や尿管カテーテルといった各種の医療器具を装着したままの在宅を余儀なくされる人、病状の末期を家庭で過ごしたい人などが徐々にふえています。
中央病院の医師のバックアップはもちろん、往診診療などは、市内の開業医の医師にお願いし、在宅療養が続けられています。
介護は、今や国民一人一人の課題だと思います。「介護する」「介護される」ということは、だれにでもあり得ることです。安心して在宅療養が続けられるように適切な介護の知識やヒントを家族に提供し、上手に利用してもらうのが、訪問看護婦の役割だと思います。また、訪問看護を支える医療ソーシャルワーカーや保健婦人センターの保健婦との連携は、欠かせないものとなっています。
3Kなんて言わないで!
5月12日は看護の日
看護婦という職業は、とても魅力的。しかし年々ふえる仕事量に対して、看護婦の絶対数は不足しています。富士市内には准看護婦を含め約1,000人の看護婦がいますが、それでもまだ足りない。看護婦の過酷な仕事をだれが名づけたか、「女性の3K(きつい・汚い・危険)労働」。
確かに過酷な仕事かもしれません。しかし彼女たちは、「看護婦」という職業に自信とやりがいを持っています。
中央病院 山田節子総婦長
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中央病院の看護婦は、都合の病院に比べると年齢の構成幅が広いようです。
1年から2年目の若い看護婦は、心にゆとりがありません。毎日の仕事に追われ、精神的に落ち込むことがあります。そんなとき必要なのが経験に培われた先輩のアドバイス。先輩の後ろ姿を見て育ってほしいと思います。また、患者さんから教わることもたくさんあります。「病室は教室」なのです。
「看護の3要素」は、態度・知識・技術と言われています。その中では態度(心)が大切ではないでしょうか。患者さんの立場になって考えるちょっとした心遣いの積み重ねが、患者さんとの信頼関係をつくります。
看護婦の仕事のつらさを3K(きつい・汚い・危険)で表現されることがありますが、すばらしい3Kもあることを知ってほしいと思います。それは「感動がある」「研鑽(けんさん)(深く研究し、自己を高めること)」「感謝される」の三つです。
ことし採用された看護婦の中に小学生のとき小児ぜんそくで入退院を繰り返していた人がいます。自分や家族などの入院のとき接した看護婦の姿に感動し、看護婦の道を選んだ人はたくさんいます。看護婦って魅力的な職業ですよ。
中央病院 本多玉江副総婦長
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一般の患者さんや家族の医学的知識が向上しています。看護に対する考え方が、専門的になっているので、当然、看護婦としてそれに対する専門的知識や技術が必要となります。
しかし、一番大事なのは、やはり「優しい心遣い」ではないでしょうか。ある日、スポーツ中の事故で担ぎ込まれた救急患者さんがいました。医師や看護婦たちは、けがの処置にてんてこ舞。私は患者さんの土で汚れた手をぬれタオルで拭いただけでした。ところが数日後、病院内で会ったその患者さんは、私を見て「あのときは、ありがとう」と言ってくれました。看護婦の一番大事なものを再認識させられた気がします。
また、私たちが看護婦を続けていく上で避けて通れないものに、患者さんの「死」があります。いつになってもなれないものですが、患者さんの最後には、必ず「長い間御苦労さまでした」と言葉をかけています。静かにみとる心が大事なのではないでしょうか。
若い看護婦さんには、自分の人生観をしっかり持ってほしいと思います。そのためには、家庭を持ったり、いろいろな人との出会いを大切にし、豊富な人生経験を積んでほしいですね。
看護婦 現場の声
中山幸乃さん 看護婦7年目
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私は、以前産婦人科に勤務していました。ブラジル人女性などの外国人の妊婦が意外と多くて驚いたのですが、お互いの言葉がわからなくてコミュニケーションがとれず、とても困りました。
また、私はお年寄りの多い内科に勤務したこともあるので、人の死にも何回か立ち会いました。人の生と死に直面する「看護婦」という職業は、つらいこともありますが、多くの喜びや感動もあり、その経験は貴重な財産です。
渡辺かおるさん 看護婦8年目
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( 写真説明 ) 写真左側が渡辺さん
私は、腎臓疾患の患者さんが多く入院している病棟に勤務しています。人工透析を行えば、割と元気な人が多いのですが、中には、わざわざナースコールを鳴らして「愛してるよ」といたずらをする人もいて困ったことがあります。
夜勤は、月8回。夫や小さな二人の子供には迷惑のかけっ放しですが、家族の理解と協力があればこそ、看護婦を続けられるのだと感謝しています。看護婦は、自分にとって「天職」です。一生続けたいと思っています。
重症患者の心電図を真剣なまなざしで見つめる。患者や家族の悩みに耳を傾ける。回復して退院していく人を笑顔で見送る…
きょうも天使たちは、休みなく飛び回っています。もし、あなたの近くに天使がいたら、「いつもありがとう。」と素直な気持ちを投げかけてください。