おひつのぬくもり
炊きたての、あつあつ御飯をおひつに移して、ふきんをかけて――。食べるとき、ほのかに漂う木の香り。この香りを楽しんだのは、何歳くらいまでの人なのでしょうか。
木のおひつもしゃもじも、随分少なくなってしまいました。今回は、寄贈していただいたおひつのお話です。
鈴木光彦さんと昌子さんと“おひつ”
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新橋町の、鈴木光彦(てるひこ)さんと昌子(まさこ)さんが結婚したのは、昭和18年。光彦さんが25歳、昌子さんが20歳の時でした。おひつは、二人の結婚祝いにと、光彦さんのお母さんが贈ってくれた物です。
「当時、私たちの借りていた一戸建ての家賃が20円。このおひつも、20円はしたんだろうと思いますよ」
おひつはサワラの木でつくられ、通称“あか”と呼ばれる銅でたがをはめてあります。御飯は、一升五合入ります。
「このおひつが、御飯でいっぱいになったなんてことは、まあ、なかったですねえ。あの太平洋戦争の末期ですから、本当に食べる物がなくて飢餓状態でした。サツマイモは高級品で、ふすま、トウモロコシのしん、大豆の搾りかす、もう何でも食べました。朝、サツマイモの入った御飯を二人で食べて、お父さんのお弁当に詰めたら、私のお昼御飯はありませんでした。そんな時代でしたねぇ」
ちょっぴり年老いて、たがも緩んできたおひつは、ふるい屋さんで修繕されました。もう、息子さんの代ですけれど、ここのおじいさんのつくった物でした。大勢の、手のぬくもりが伝わってきます。