平成2年度「富士市教育文化奨励賞」の表彰式が、5月3日、富士商工会議所で行われました。この賞は、文化活動に貢献した方々に贈られるものです。今回は、邦楽の名倉英雄さんほか3人です。
受賞された方々は、人生のどこかで「何か」と出会い、「きょう」より「あす」はと努力を重ねてこられました。果てしなく、高みを極めたいという変わらぬ情熱。きょうも、行動し実践されています。
受賞者のプロフィール
邦楽
竹にいのちを吹き込んで
名倉英雄(なぐらひでお)さん 80歳(石坂)
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昭和5年 20歳で尺八を始める。40年 岳南竹友会を設立。60年 静岡県三曲連盟より功労賞受賞。
昭和5年、大学生の名倉英雄さんの耳に、先輩の吹く尺八の名曲「松風」が聞こえてきました。哀調のある響きが、心にしみ通ってきます。
当時の世相は不景気で、まず食べることが優先。そんな中で、二十歳の時尺八を習い始めます。
尺八は、一尺八寸の竹。表に4穴、裏に1穴の合計5穴を、指と振動をうまく使って「メリ」と「ハり」のある響きを生み出していきます。
表情をつくり、姿勢をつくった名倉さんから命を吹き込まれた音たちは、歌ったり、さざめいたりしながら、聞く人の気持ちを機敏に感じとります。
不思議な色気と、人を酔わせる魔力の音たちは、今度は生き生きと何かを語り始めるのです。
文芸
野武士のごとき感性で
釘谷芳男(くぎやよしお)さん 76歳(大淵)
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昭和50年 詩の部で市民文芸賞。平成元年 随隼の部で県芸術祭賞。現在、市民文芸編集委員会座長。
釘谷芳男さんの作品を、一言で言いあらわすのは大変です。
鋭いのに暖かくて――、粋でスマートなのに毒を含んで――、毒があるのにはにかんで――。荒野に独り生きる、野武士のごとき感性。でも、そこにはいつもどん欲に心を探す、さめた確かな眼があります。
戦争という暗いトンネルの時代をくぐり抜けてきたせいか、「現代は、しゃべり過ぎの時代だ」と、釘谷さんはいいます。
語り口はとつとつと地味だけれど、書かれた物と同じように、むだを省いた本物の心だけが伝わってきます。
舞踊
ささやかな自信と謙虚さ
泉 裕紀(いずみゆうき)さん 36歳(大淵)
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昭和33年 日本舞踊を始める。昭和44年 泉流名取り。平成2年 日本舞踊協会会長賞受賞。(本名 北河裕紀子)
さわやかな自信と謙虚さが、泉裕紀さんを、明るく輝かせています。若いのに、堂々とした存在感があるのです。
4歳の時に日本舞踊を始めて、15歳の時にはもう、泉流宗家から名取りを許されています。
文化庁後援、日本舞踊協会主催の「新春舞踊大会」の朝、家事を済ませた泉さんは、東京の会場に駆けつけます。
化粧し衣装をつけると、主婦から途端に別の世界を生き始めます。
時には少女に、時には傀儡子(くぐつし)に、時にはやまんばに、女の情念をすべて舞い込め、自由に変身するのです。
絵画
自分だけの色を探して
佐野 稔(さの みのる)さん60歳(松岡)
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昭和24年 東京武蔵野美術学校へ。26年 静岡県美術祭入選。52年からは市展絵画の部の招待作家。平成元年 日展入選。
人には、海型人間と山型人間と二つのタイプがあるようです。
佐野稔さんは、完全な海型人間。海を見ながらぼんやりしている時が最高で、心安らぐといいます。
休日は、田子の浦港はもちろん沼津や由比の港にも、車を走らせます。日展入選作も、100号の油絵「港」でした。海の色は、青、きみどり、藍と、いろいろな色がひとつに溶け合っています。佐野さんは、「その色を出すのが難しい」と。
5月中旬、海を描きに初めてフランススケッチ旅行に出かけます。