天間北の富士宮市との境にある瘡守稲荷神社は、皮膚病などに霊験あらたかといわれています。今回は、この神社のお話を、天間北の白井政吉さん(82歳)を初めとする4人の長老の皆さんに教えていただきました。
皮膚病を治す神様
天間北地区は今でこそ住宅地となっていますが、昔は戸数も少ない寒村でした。
明治20年ごろのことです。地域の住民渡辺庄五郎さんという人が、屋敷神として稲荷神社のほこらを建て、祭りました。
そのころ天間に、できもののできる皮膚病がはやりました。困りはてたある人が渡辺さんの屋敷神に祈ると、不思議なことにできものはみるみるすぼみました。
地域の氏神に
それから、うわさを聞いた人々が我も我もと押しかけ、稲荷神社は皮膚病に霊験あらたかとして、住民の信仰を集めました。
また、トラホームがはやったときにも御利益があったことから明治26年ごろになって地域の氏神として永久に祭ることになり社殿を現在地に建て、瘡守稲荷神社と改称しました。
鳥居が30基
お祭りは毎年2月の初午(はつうま)に行われ初めのころは草競馬や弓を引いたり、露店や芝居小屋が出ました。30基ぐらいあった鳥居の前には「瘡守大明神」とかかれた旗が約200本並び、遠く由比・蒲原からもお参りする人がありました。
続いているお祭り
現在は、鳥居1基に小さな社殿があるだけで、昔の面影はありません。お祭りは2月の初午近くの日曜日に行われています。子供たちが 「瘡守大明神」とかいた旗をつくり、持っていくと、おこわをおひねりにしてもらえます。
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( 写真説明 ) 現在の瘡守稲荷神社
( 写真説明 ) 右から白井政吉さん、原 隆さん、白井和夫さん、望月実さん