望月敏朗さん
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富士大橋の近くにお住まいの望月敏朗さん(水戸島)のお話。
「昔は、一面の梨畑で白い花が咲くときれいだった。夏には、家の壁が真っ黒になるぐらいセミがいたね。戦争中の食料増産で、梨畑はどんどん田んぼに変わってしまった。鉄道の踏切は今の地下道の所にあったけど、列車の通過が多くてあかずの踏切だった。昭和36年に大橋ができたときは、いつも通れて便利だと思ったね」
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( 写真説明 ) 今 空地はほとんどない。
( 写真説明 ) 昔 橋の先は行きどまり、梨畑がありました。