嘉興市の東南、平湖県の乍浦は、海に面した戦略上重要な街として古くから有名でした。歴史書によると、日本、ベトナム、シャム、ジャワ、ルソンやブルネイからの商船が、かつては多数この地に寄港したことがわかります。
1911年の辛亥革命後、孫中山氏は、自著「建国方略」の中で乍浦について次のことを指摘しました。「乍浦は、奥部の山(離山)から外海まで数100フィートの距離があり、深さは干潮時でも平均36〜42フィート、最大級の船がいつでも停泊できる。中国の中央部海岸では、上海よりもすばらしい港にすることができるだろう」と。
近年になって嘉興市政府当局は、乍浦について専門家による2、3回の調査を行い、大規模な港ができる確証を得ました。そして、1万トンクラスの埠頭建設という大型プロジェクトの開始が決定されています。
かくて、孫中山氏が考えた「東方大港」という大いなる構想は、現実のものとなりつつあります。
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( 写真説明 ) 陳山原油埠頭