富士の中島に富士川のはんらんで流れ着いたと言われる子育て地蔵があります。今回はこのお地蔵さんの話を、中島下の高井峯雄さん(76歳)中島上の鈴木幸雄さん(76歳)に語っていただきました。
流れ着いた地蔵さん
昔、富士の中島にカヤ積み場がありました。昔の家はほとんど麦ワラか草ぶき屋根だったので、人々は富士山のすそ野からカヤを刈り、1か所に積んでおいたのです。
あるとき、富士川がはんらんし、カヤ積み場に80センチメートルぐらいのお地蔵さんが流れ着きました。お地蔵さんは長い年月かかって流れ着いたらしく、首がとれていました。
お地蔵さんを見つけた村人は、首のかわりに丸い石を乗せ、社(やしろ)をつくりました。
そして、カヤ積み場の周辺をお地蔵さんの地所にして、その年貢でお祭りを行うようにしました。
子供の神様
ある日、子供ができずに困っている村人が、お地蔵さんに「子宝に恵まれますように」とお参りしました。すると、じきに子供が授かりました。
また、子供が弱くて困っていた夫婦は、「子供が丈夫になりますように」とお願いすると、まもなく子供は丈夫になりました。
それからいつの間にか子育て地蔵と呼ばれるようになりました。
にぎやかなお祭り
高井さんは「この話は子供のころ、ひいじいさんから聞きました。お地蔵さんは富士川上流の鰍(かじか)沢から流れてきたようです。昔は今の中島新道町の交差点付近に社がありましたが、昭和5年に現在地へ移し、首もしっかりつくりました。毎年7月22日のお祭りには、50軒ぐらいの露店が出て、身動きできないほどに、にぎやかになります」と話してくれました。
- 写真あり -
( 写真説明 ) 高井さん
( 写真説明 ) 鈴木さん
( 写真説明 ) 子育て地蔵