富士市 FUJI CITY Official Site

富士市
広報ふじ > 昭和61年 > 昭和61年3月5日 429号 > 【広報ふじ昭和61年】富士のあゆみ 10

【広報ふじ昭和61年】富士のあゆみ 10

富士川の治水(ちすい)と雁堤(かりがねづつみ)

 富士川は、江戸時代初めごろまで、加島(かじま)平野を東南に向かって幾筋(いくすじ)にも流れていました。たび重なる水害にくじけず、富士川の流れを変え雁堤(雁の群れの形の堤)を築いたのが、古郡(ふるごおり)重高(しげたか)・重政(しげまさ)・重年(しげとし)の三代です。
 古郡重高は、慶長(けいちょう)17年(1612年)の洪水で新田を流され、富士川治水の必要を強く感じ、一番だし、二番だしを作りました。
 重高の子、重政は、正保(しょうほう)2年(1645年)に800町歩の新田開発に成功しましたが、万治(まんじ)3年(1660年)の洪水(こうずい)で開拓地のほとんどが流されてしまいました。
 重政の子、重年も父の意志を継いで築堤(ちくてい)に全力を尽(つ)くし、延宝(えんぽう)2年(1674年)に雁堤は完成しました。
 雁堤の土の量は一人が一立方メートルの土を運ぶと延べ42万5千人かかります。
 (文は、郷土史家鈴木富男氏の著書を参考にしています。)
- 写真あり -
( 写真説明 ) 雁の群れの飛ぶ形
添付ファイル
※PDFを初めてご覧になる方は、ソフト(Adobe Reader)のダウンロードが必要です。
「Get Adobe Reader」のボタンをクリックし、説明に従いAdobe Readerをダウンロードして下さい。
Get Adobe Reader
広報広聴課 (市庁舎8階北側)
電話:0545-55-2700 ファクス:0545-51-1456
メールアドレス:kouhou@div.city.fuji.shizuoka.jp
〒417-8601 静岡県富士市永田町1丁目100番地 電話 0545-51-0123 ファクス 0545-51-1456
E-mail kouhou@div.city.fuji.shizuoka.jp