市の北部地域の人々は、水道ができる以前、水が少なく大変な苦労をしましたが、三ッ沢地区を流れる滝川には、豊かな湧き水があり、周辺の人々も汲みに来ました。
今回は、水の苦労話を三ッ沢にお住まいの遠藤直治さん(77歳)と渋谷国男さん(59歳)に数えていただきました。
水量の減った湧き水
滝川は今でこそ水量が減りましたが、昔は湧き水で多くの水量がありました。中でも三ッ沢地区には、勢いよく湧き出すところがあり、人々はそこで、食事の支度や洗濯、水遊びをしました。
生活水の少なかった、間門・鵜無ヶ渕・大渕荻の原の一部の人たちもおけを牛車に積んでは、汲みに来ました。
大正12年の関東大震災のことです。
地殻変動により水脈が変わったのか湧き水が急に細くなりました。困った地元の人たちは、豪農の家にあった井戸を借りましたが、水は足りません。
水の大切さを改めて知った人々は湧き出し口の近くに水神様を設けました。そして、その南側に井戸を掘ると豊富な水が出、戦後、上水道が引かれるまで、簡易水道の水源として利用されました。
水神様は、残念ながら昭和51年の七夕豪雨で流されたままになっています。遠藤さんと渋谷さんは、「自然が残されているこの一帯に遊歩道なんかができるといいね。川を汚す人がいるのは残念です。」と語っていました。
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( 写真説明 ) この上に水神様があった
( 写真説明 ) 話してくれた遠藤さん(右)と渋谷さん(左)