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【広報ふじ昭和60年】「紙の都」富士

紙とともに100余年 見つめ直そう紙

 私たちのまち富士市は、明治維新後、豊かな湧水と原料に着目して製紙業が興り、この100年の間に地場産業として定着し、全国一の紙生産地として発達してきました。
 紙の消費量は“一国の文明をはかるバロメーター”といわれるほど今日の私たちの生活は、おびただしい量と多種多様の紙に囲まれています。 
 政治や経済、市民の日常生活、あらゆる社会機能や文化活動が、もし紙がなかったらパニック状態になってしまうでしょう。私たちは、紙の大生産地に住みながら、このように重要な紙についての知識は全く浅く、紙の与えてくれる便益だけを受けています。
 私たちは、地場産業である紙についてもう少し関心を持つ必要があるのではないでしょうか。
 そこで、市内厚原にお住まいで、本年度発足した紙モニターである伊藤慶子さんに紙の歴史をレポートしていただくとともに、伊藤さん親子に紙について話し合っていただきました。


レポーター 伊藤慶子(いとうけいこ)さん (36歳) 主婦 厚原東
- 写真あり -
 パルプ、紙などの地場産業の振興をはかるため本年度から発足した紙モニター制度。この紙モニターの第1期生として活躍中。


●紙の始まり

 今から1,900年ほど前、中国の蔡倫(さいりん)は、木の皮や麻、ぼろきれを原料に初めて紙をつくったと伝えられています。日本に紙のつくり方が伝わったのは、1,360年ほど前、推古天皇の時代に高麗(こうらい)の僧曇徴(どんちょう)によって伝えられたことが日本書紀に書かれています。このように紙の歴史は大変古いのですが、我がまちでの紙の歴史は比較的新しく、明治になってから始まりました。


●みつまた栽培が出発点

 我がまちの紙の発達は、明治2年内田平四郎が野村一郎らとともに、殖産興業の一つとして富士山麓の内山に桑、茶とともに“みつまた”の栽培を始めたのが出発点です。
 みつまたは、戦国時代からの伝統ある駿河半紙の原料で富士山麓に自生していたため手に入りやすいので栽培が進められたのです。


●発達の基礎は明治時代

 明治12年伝法の栢森貞助(かやもりさだすけ)は、和田川べりに市内で初めて鈎玄社(こうけげんしゃ)という和紙の工場をつくりました。
 鈎玄社は、より白い紙をつくるため、漂白剤として今までの石灰に変え苛性(かせい)ソーダを使いました。 
 これは当時としては画期的なことでそのことが薬製半紙製造法の基礎となりました。
 また、大量のみつまたの使用は、みつまた栽培を盛んにする原因となりました。
 明治20年今泉の芦川万次郎は、手すき和紙の工場を建て改良半紙の生産を始めました。翌21年、田宿川沿いに製紙伝習所を設立して技術者の養成に努力しました。
 明治23年、富士製紙株式会社(本社東京)が中央の大資本を導入し入山瀬に近代的な第一工場を建設しました。このとことは、地元資本家の製紙業への関心を深めるとともに、工員として採用された地元の青年が製紙技術を習得することに役立ちました。その後、機械すき和紙の工場としては、日本最初の工場だといわれている原田製紙の操業を始める吉原地区を中心に地元資本による機械製紙工場が次々と設立されました。


●大産地化を確立

 大正時代に入ると第一次世界大戦の影響で紙業界は空前の好景気になり機械すき和紙工場が続出しました。 
 特に、大正10年の六信舎と堀関製紙の抄速競争は製紙技術の発展に大きく影響しました。そして、昭和に入り国内の需要と輸出の増進、製紙技術の向上、原料供給体制の整備により全国有数の紙の産地を確立しました。昭和40年代には公害問題や日本の経済界全体を揺り動かした石油ショックなどの試練がありましたが、総力で乗り切りました。



◇富士市の紙のあゆみ

江戸時代  吉原宿や本市場、入山瀬の農家で内職に駿河和紙をつくる。
明治2年 内田平四郎が駿河和紙の原料であるみつまたを栽培する。
明治12年 栢森貞助が薬品を使った手すき和紙の工場、鈎玄社を設立
明治21年 芦川万次郎が今泉に紙づくりの学校、製紙伝習所をつくる。
明治23年 入山瀬に富士製紙第一工場ができ、洋紙をつくる。
明治28年 日本で初めての機械すき和紙工場の原田製紙ができる。
大正10年 六信舎と堀関製紙が洋紙をつくる早さを競い、製紙技術が発達する。
昭和の初め いろいろな製紙工場ができる。

伊藤さんちの紙談義

 紙のモニター第一期生として活躍されている伊藤慶子さん一家に、紙について家族談義を開いていただきました。 
 紙モニターの経験を生かし、進行役を務める慶子さん、長女香織(かおり)さん(岳陽中学校1年)、長男滋晃(しげあき)君(丘小学校5年)による紙談義が弾みます。



■なぜ紙の都?

母(慶子) 
 お母さん、ことしから新しくできた紙モニターになったんだけど、実は人から頼まれてしかたなくなったの。でもモニターになって今まであまり関心のなかった紙について少しわかってきたのよ。きょうは紙のことをみんなで話し合ってみましょう。富士市は紙の都といわれているけど、なせだか知っている?

長男(滋晃)
 富士で紙をたくんさつくっているからでょう。


 そうよ。ではなぜ紙をたくさんつくるようになったんでしょうね。

長女(香織)
 富士山からのきれいな水とたくさんの森林があるからだと小学生のときに勉強したことがあるわ。


 そのとおりね。明治時代から発達した富士市の製紙工業は、今では市内の工場のうちの22.7%、約4分の1弱が紙関係で、市内の工場で働いている人の31.4%、約3分の1弱が製紙工場などで働いているのよ。
 それに富士市は工業製品の出荷額が静岡県で2位なんだけど、そのうち37.7%をパルプ・製紙品が占めているんですって。

長女
 富士市の紙は、全国的に見るとどうなの?


 全国の紙の14.6%を富士市でつくっているんですって。

長男
 すごいね。それで紙の都って言われているんだね。
 僕の友達のお父さんやお母さんも製紙工場で働いている人が多いよ。

長女
 紙は毎日使うものだから、こんなに発達したのね。



■いろいろな紙製品


 私たちのまわりにも紙を使ったものはたくさんあるわね。

長男
 朝、起きるとまずカレンダーでしょう。新聞でしょう。本にノートにトイレットペーパーやティッシュペーパーもあるね。

長女
 家の中でも、ふすまや障子、壁紙なんかもあるわね。私の生徒手帳も紙だし……。紙ナプキンや紙コップ、紙のお皿は持ち運びにとっても便利だと思う。

長男
 そう言えば、紙座ぶとんをピクニックに持っていって便利だったね。


 あれは富士市で考えたのよ。そういうふうに紙もいろいろ新しい製品を工夫しているのよね。
 今まで紙では考えられなかったようなもの例えば、ウェディングドレスとかはっぴなんかも考えられているのよ。この間の飛行機事故で飛行機の尾翼が問題になったでしょう。
 あの飛行機の尾翼についていた赤い鶴のマークね、あれも紙を特殊加工したものを貼ってあるんですって。

長男
 ふ〜ん。紙もそんなにじょうぶにできるんだね。



■紙の分け方


 一口に紙といっても薄いものから厚いものまでいろいろあるでしょう。大きく分けると“紙”と“板紙”に分けられるのよ。板紙っていうのは厚くて固いしっかりした紙のことよ。紙を洋紙、和紙というように区別する仕方もあるわね。
 洋紙というのは外国から伝わった技術によって木材パルプを原料としてつくった紙で、和紙というのは日本古来のつくり方でこうぞ、みつまたなどを原料としてつくるのよ。

長男
 僕、博物館で和紙のすき方をみたことがあるよ。

長女
 私もみたことがあるわ、とても大変な仕事だと思った。和紙ってどちらかというとざらざらとした手ざわりのものでしょう。


 そうね。最近では、和紙は少なくなってきたわね。富士でもやはり洋紙中心なのよ。



■トイレットペーパーの生産は全国一


 では、富士市で一番多くつくられている紙は何だと思う。

長男
 それはトイレットペーパーに決まっているよ。

長女
 私もそう思う。なぜってトイレットペーパーが一番使われているもの。それにトイレットペーパーがなかったら困るものね。


 お母さんたちが子供のころは、トイレットペーパーを使う家はほとんどなくて、ちり紙だったのよ。それにそのちり紙も白いものばかりじやなくて、ねずみ色のもあったわ。
 今ではそんな紙見たこともないわね。ほとんどの家がトイレットペーパーですものね。

長女
 今ではどこの家でもテイッシュペーパーを使っているから、よけいにちり紙は使われなくなったのね。


 トイレットペーパーとかティッシュペーパー、ちり紙をまとめて、家庭紙と言うのよ。正式には家庭用薄用紙(うすようし)というのだけれど、富士市はこの家庭紙の生産が全国一なのよ。
 全国の4分の1以上を富士市でつくっているんですって。

長男
 トイレットペーパーは、全国で何番目なの。


 もちろん全国一よ。全国の40%をつくっているのよ。そのほかにたばこの巻紙(ライスペーパー)や辞書の紙(インディアペーパー)、紙ひもなども有名なのよ。

長男
 おばあちゃんが前に、紙ひもバンド組合ってところに勤めていたから紙ひもが有名だってこと知ってたよ。



■もし紙がなかったら

長女
 私たちの身のまわりのもので、紙でできたものって本当に多いわね。
 いつかテレビでアフリカの子供たちが木の板をノートがわりに使っているのをみたけれど……。あれではノートをとっておけないし、試験のとき困ると思うわ。

長男
 新聞も見れないし、手紙も書けないね。そうだ、お金だってお札がないと財布が重たくなって困っちゃうね。


 本当ね。私たちの生活の中からもし紙を取り除いたら不便なことがたくさんあるでしょうね。
 でも、私たちは紙を空気のように思っているからありがたいとも思わないで生活しているのよね。
 世界の中には、紙が少なくて不自由している国もあるし、逆にアメリカやスウェーデン、カナダなどは、日本人よりもっと多くの紙を使っているのよ。1人当たりの紙の使用量は、日本は世界で9位なのよ。

長男
 中国なんかはどうなの?国が広くて森林も多いから紙もたくさん使われているのかなあ−。


 中国はまだまだよ。1人当たりの紙の使用量は世界のベスト60にも入っていないわ。中国では、あまりトイレットペーパーは使われていないそうよ。

長女
 紙の豊富な富士市に住んで本当によかった。



■アイディア商品あれこれ


 お母さんは今、紙モニターをやっていて、紙を利用してこんなものをつくったら、というようなことを考えているんだけど何かよいアイデアないかしら?

長男
 ハンカチで手をふくとすぐびしょびしょになってポケットの中までぬれて困るでしょう。だからレストランなんかのトイレにある紙のお手ふきを、ポケットティッシュみたいに小さくパックしてハンカチのかわりにしたらどうかな。

長女
 私もそう思ったことあるわ。運動した後の汗ふきタオルなんかにしてもいいと思うわ。油汚れは洗濯しにくいから紙エプロンなんかがあって使い捨てできたらいいわね。


 いいアイディアね。お母さんは、靴磨きペーパーが便利じゃないかと思う。布では靴ずみがついてしまってすぐ使えなくなってしまうものね。

長女
 そうね。いちいち洗濯するのも大変だしね。その点、紙は使い捨てできるから便利なのよね。


 私たちは、こういう便利な紙をもっと見直すべきね。紙の新しい使い方も、みんなでアイディアを出して工夫したら生活はいっそう便利になるでしょうね。
 紙の都富士市に住んでいるんだからもっと紙のことを知って考えたいわね。



■子供たちに知ってほしい

 今回いろいろ取材させていただいたり、子供たちとの話し合いの中で紙の重要さを再確認しました。
 そして、子供たちがもっと紙について学ぶことができる機会があればと感じました。製紙会社で働いてる人を見ると比較的年配者が多い。
 小さいころから紙のことを知ることによって製紙会社で働いてみようという気が起こるのでは、と思いました。

- 図表あり -
( 図表説明 ) 昭和59年富士市工業統計調査結果

富士市の紙の占める割合
( 図表説明 ) 昭和59年紙・パルプの生産量(単位トン)
( 図表説明 ) 昭和59年紙の種類別生産量(単位トン)

( 図表説明 ) 国民1人当たりの紙・板紙の使用量

- 写真あり -
( 写真説明 ) 博物館長から紙の歴史ついて説明を受ける伊藤さん
( 写真説明 ) 「紙っていろいろあるね」と滋晃君
( 写真説明 ) 「紙エプロンも便利ね」と香織さん

製紙が発達した6つの要素

1、富士山の雪解け水や潤井川、和田川があり、水に恵まれていた。
2、富士山のすそ野に紙の原料の木材やみつまたがあった。
3、工場を建てるための広い土地があった。
4、燃料やでき上がった紙が鉄道で容易に運べた。
5、東京や名古屋、大阪などの大消費地が近かった。
6、昔からの駿河和紙の伝統や内田平四郎、芦川万次郎などの製紙技術の研究があった。

- 写真あり -
( 写真説明 ) 次々とつくられるティッシュペーパー

地場産業の果たす役割

第3回紙モニター会議の講演から


地域経済の先兵に

県家庭紙工業組合理事長 丸富製紙(株)社長 佐野廣彦さん
- 写真あり -

 中小企業の多い本市は、技術の向上、改革に努めながら企業間のグループ化、合同化なども考えていかなければなりません。
 市場を見ると比較的恵まれるなど、立地条件は満たされています。東京などの大消費地が近いということです。
 交通の便もよいのですが、一歩街中へ入ると道路が狭いという問題があります。また、建物や設備の老朽化、用水、排水なども今後考えていかなければならない問題です。
 近年、設備の自動化などによって労働力も量より質が欲求されています。若い優秀な人材を得るためには、従業者の待遇も改善していく必要があります。いずれにしましても、地域経済を発展、活性化していくために、地場産業である紙業界は、その先兵とならなければと思います。



古紙を大切に

県紙業協会専務理事 吉田智吉さん
- 写真あり -

 朝、起きてから、夜、寝るまでどのくらい紙と接触しているかを考えればわかるように、紙は私たちの生活に欠かせないものになっています。
 紙は既に空気、太陽、雨と同じような存在になっています。
 富士市は、このように重要な紙を生産するための条件に恵まれています。と同時に、業界も品質の改良、向上に日夜努力しております。
 今後も業界が発展していくためには、地域の人々と連携して、地場産業である紙・パルプ産業の振興をはかることが大切です。また、消費者の側も古紙を活用することを考えてもらわなければなりません。古紙は死んではいません。まだ生きています。
 日本でつくられる紙の半分は古紙が原料であるという認識を深めていただきたいと思います。

紙をすいてみよう

☆用意するもの
・古い障子紙・すりばちとすりこぎ、木わく2組・すのこ・たらい・乾かす板
☆版序
1.古い紙をすりばちに入れて形のなくなるまでする。半紙1枚に600ccの水で。
2.たらいに1を入れて木わくではさんだすのこですくう。
3.すくったものを板に移し乾かす。これでできあがり

- 写真あり -
( 写真説明 ) 市立博物館での紙すきの体験学習
添付ファイル
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