中里のつるの恩がえし
「つるまきだ」という田んぼが、中里宇佐(なかざとうさ)八幡宮の南の方にあります。
鶴が種をまいたという言い伝えから名づけられました。
昔は、人間と動物が仲よく暮らしていました。これもその一つ、人と鶴とのこころあたたまる話しです。
中里の宇佐八幡宮の境内には、大きな松の木があって、鶴の親子が住んでいました。
ある日のこと、一羽のひなが巣から落ちてしまいました。さあ大変、親の鶴は悲しそうになきながら、ひなのまわりを飛びまわりますが、どうすることもできません。
そこへ通りかかったおじいさんがこれを見て、ひなを巣へかえしてやりました。大きな木に登るには、とても苦労しました。
次の年、村は大ききんになり、食べるものがなくて、ついに大切な種もみまで食べてしまったのてす。
翌春、米を作ることが出来なくて村人が困っていると、二羽の鶴が飛んで来て、何んと田んぼに種をまいてくれたのです。
鶴がまいた稲が実って、村人は救われました。
それからというもの、村人はいつまでも鶴を大切にしたということです。
- 写真あり -
( 写真説明 ) 〔中里の宇佐八幡宮〕
それはみごとな松だった
中里4丁目 山田芳太郎さん(75歳)
その松は樹齢千年のみごとな松だった。何しろ東海道一というだけあって、枝先は神社前の道を越えて、田んぼまで届いていたほどだよ。
でも、ついに枯れて確か昭和10年に切り倒したのさ。職人が4〜5日かかったのを今でも憶えているよ。
昔はこのあたりには、どじょうが多くいたので鶴が巣をつくりに来たんだろうよ。