■生きている化石と地震の原因を求明する、東海大学 星野教授
物から心への豊かさが叫ばれている今日。市は産業文化都市づくりを目ざしていますが、その一環として9月から「市民大学講座」を開設しました。
大学講座は、2回の特別講座を含め12回の講座で、講師は日本文化の、各分野で活躍されている方々ばかりです。
本号では、10月21日吉原市民会館で行った、東海大学教授、星野通平先生の「駿河湾のなぞ」の講座を4ページにわたって要約しました。
■もっと海に関心を
富士山に向かっている駿河湾は、世界的にも非常にユニークな海です。
しかし、人々の関心は非常に低い。
たとえば、東名高速道路や富士山周辺の案内図で、富士山の説明はあるが、駿河湾の説明は一つもないのです。日本は、海にかこまれているので、海洋国といわれますが、海との縁は薄いのです。
これからの日本は、海にもっと関心を持たなければいけないと思います。
海洋資源は、私たち人類に残された唯一の貴重な資源です。国際海洋法においても、この貴重な資源を人類発展のために、いかさなければならない−としています。
日本が海洋国であるならば、以前の200カイリ問題や漁場問題にしても、もっとリーダーシップを発揮してもよかったはずです。
しかし、残念ながらまったくない。これが現状です。
日本は、「海の心」というものが欠けているのです。「海の心」とは何か。
これは、要するに狩猟の心です。日本人の大多数の心である「農耕の心」とは、非常に対立するものです。
■大切な狩猟の心
「農耕の心」とは、いわゆる農業であり、二宮尊徳に代表される、隣人を非常に大切にするという道徳的な心です。ところが、漁業は獲物を追いかけるという、非常に荒々しい生き方をする。自分で判断して、とことんまで行動する。これが、「狩猟の心」です。
日本に「海の心」が育たなかったのは、江戸時代に鎖国があったからだと思うんです。江戸時代の鎖国というのは、日本が海と緑が切れる仕上げをしたのです。それ以前、つまり根本的には、弥生から始まる農耕の時代からです。事実、縄文時代は、すばらしい狩猟の時代でした。貝塚の中には、たくさんの貝や魚の骨が残っています。
「海の心」というのは、自分で1人歩きできる、独立の精神なんです。
この精神が必要だと思うんです。
■生きている化石
では、ここで駿河湾のことについてふれてみたいと思います。
陸地から海底に向かい、なだらかな斜面を大陸棚と呼んでいます。
日本の大陸棚は非常にせまく、特に、ここの富士川沖は、ほとんど大陸棚がありません。駿河湾は、海岸からはじまって、すぐに深くなっています。深いところでは、2,500メートルもあります。沿岸でも浅いところが少なく、そのまま1,300でメートル位のところまで深くおちています。
駿河湾は、湾とはいっても、その水はそのまま外洋につながっているので、カツオやマグロなどの外洋の魚がはいり込んでいるし、湾奥の由比の海岸には、ブリを捕る大きな網が張られています。
しかし、駿河湾の漁業を特徴づけているのは、これら外洋の大形の魚ではなく、シラスやサクラエビなどの小さな生き物です。
駿河湾沿岸の漁獲のうち湾奥から湾の西側にかけての大部分は、シラスとサクラエビです。沼津の内浦湾では、サバ・カタクチイワシ・ムロアジなど、そのほとんどが魚類です。
ところで、私が駿河湾の動物に興味をもつのは、これら漁獲の対象になっているものだけではありません。
むしろ、日常の生活にはほとんど役にもたたない生き物たちです。
日本列島で、すんでいる魚の種類が一番多いのは、土佐湾です。ここには、日本の魚種の約半数にあたる1,200種類がいるといわれています。
駿河湾は、1,000種類の魚がおり、土佐湾についでいます。この数多くの魚の中には、生きている化石とよばれるものが非常に多いんです。
たとえば、サクラエビ・タカアシガニ、ハダカイワシ・ミツクリザメ・ラブカなど。
■タカアシガニとハダカイワシ
それでは、ここで生きている化石といわれるものを2〜3説明します。
タカアシガニは、世界で最大の節足動物ということで知られています。
両側の脚の先端から先端まで、3メートルに達するものもあります。三角形をした甲羅(こうら)は、30センチメートルの大きさがあり、昔は、いぼいぼのある赤い甲羅(こうら)を鬼の面にみたてて、魔よけのまじないに、伊豆の民家の門先に掲げたそうです。
タカアシガニは、駿河湾の特産というものではなく、相模湾や土佐湾にもすんでいます。また、駿河湾のタカアシガニは、駿河湾ならどこにでもいる、というものではありません。タカアシガニがすんでいるのは、駿河湾の東側、つまり伊豆半島側の上部大陸斜面にすんでいて、秋から春の漁獲期になると、戸田港あたりを出港した底びき船の網にかかってきます。
タカアシガニの先祖は、今からおよそ1,200万年位前に栄え、その化石が長野県飯田市附近の地層から見つかっています。
ハダカイワシは、体長1.5センチメートル位で、体はやや長く、多少ひらべったい感じの魚です。種類は30種類位で、いずれも発光器をもっています。
現在では、発光器までそなえた、れっきとした深海魚のハダカイワシも、もとをたどれば、海の浅いところを泳ぎまわっていた魚でした。
ハダカイワシの化石は、田沢湖の東方、岩手県雫石盆地附近の中新生の地層から、たくさんの魚の化石にまじって発見されました。
また、駿河湾と相模湾だけにすんでいて、駿河湾では、年間8,000トンの水揚げ高をこすサクラエビも、生きている化石の一種です。
エビの仲間でいえば、沼津や興津だけに知られているショウジョウエビも、生きている化石の仲間です。
■環境の一定が秘けつ
このように、むかし栄えた生物がどうして駿河湾にいるのか。これが非常に問題なんです。
世界で生きている化石がたくさんいる所は、代表的なものとして、陸上でいえば南米エクアドル沖のガラパゴス諸島です。
ここには、300キログラムをこす大きな陸亀がいたり、中生代の恐竜をおもわせる大トカゲなど、奇妙な動物がたくさんいるところです。
もう一つ、水域でいえばソ連のバイカル湖です。
ここには、生きている化石として有名なアザラシがいます。他にプランクトン性の動物など、生きている化石といわれるものが多くいます。
ガラパゴス諸島・バイカル湖・駿河湾に共通していることは、非常に環境が一定しているということです。
ガラパゴス諸島は、赤道直下ですが、南米西岸を北上する寒流系のペルー海流が流れているので、1年を通じて気温が20数度です。
バイカル湖は、冬になると凍ってしまいますが、中の水温は年間を通じて4度位で、ほとんど変わらない。
駿河湾も同じように、生きている化石がすんでいる所の年間の水温が、4度から7度位と一定しています。
このようなことから、生物が永く生きていくには、環境の変化のないことが、大きな条件となっています。
逆にいえば、環境の変化は、生物進化の大きな要因になっている、ということです。
このことは、最近のいちじるしい環境破壊の問題とあわせて、人類の将来についても、いささかヒントをなげかける問題のように思います。