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【広報ふじ昭和54年】お正月の餅をつかない桑崎、鵜無ヶ渕部落

“餅をつくと火にたたる”

 昔から桑崎部落と鵜無ヶ渕部落は「餅をつくと火にたたる」という伝説があって、正月用の餅をつきません。でも中には、子どもたちがかわいそうだといって、他村の親類から持ってきてくれたり、ウルチの餅をつくったり、あるいは「とじもち」といって、家の奥の方でないしょに餅をついた家もありました。
 正月のお餅をおおっぴらではつかないという習慣は、今でもつづいています。しかし近頃では、隣り近所にわからないように機械でつけるようになったので、たいていの家で、いい伝えにこだわらないで餅をついているようです。
 なぜ、正月の餅に限ってつかないのか、それはいつごろからなのか明らかではありませんが、部落の古老の話をまとめてみますと「むかし、不作がつづいて大飢饉(だいききん)に襲われ。そして村人が飢え死にするような事態になった。そのとき、この村の領主旗本戸田氏の中里村の陣屋から役人が調査にやってきた。村人は調査の役人に貧困の実情を訴えるために正月用の餅をつかなかった。いやほんとうに餅などつけるような生活ではなかったであろう」といっています。
 あるいは、これが餅をつかなくなったほんとうの原因かも知れません。
 むかし、鵜無ヶ渕村で、いい伝えを破って、年の暮に餅をついた家がありました。ところがその晩に氏神の社殿が丸焼けになったので、村人は「火にたたった」といって、その後は禁をきびしく守るようになりました。昭和25年3月11日の晩、湾の西風にあおられて、桑崎部落52戸のうち30戸が全焼するという大火がありました。その原因はいろいろな噂がとんで、真相は明らかではありませんでしたが、誰れいうとなく「暮れに正月用の餅をついた家があったからだ。」という噂をしました。
 正月用の餅をつかないという習慣は、村の人たちが、火事を極端に恐れたということも、一つの原因だったと思われます。つまり鵜無ヶ渕村にしても、桑崎村にしても、昔は井戸のない水に不便な村でしたから、とくに火について異常な恐怖心と警戒心があったからで、その上にきわめて切りつめた生活をするということからだったでしょう。
〔この文は富士市の伝説と昔話の七不思議の中から抜すいしたものです。〕
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