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【広報ふじ昭和53年】ふじ・あしたかの自然への招待 2

地質、地形(No.1)

 富士市の地形を考えるとき、まず頭に浮ぶのは富士山のことです。
 この富士山も、はじめは小御岳(こみたけ)火山と呼ばれる小さな火山から出発しました。
 その後、古富士火山と新富士火山が、つぎつぎに噴火をくりかえして今のような高い山になりました。
 このほか、市内には愛鷹山(あしたかやま)、岩本山、浮島ケ原、田子の浦砂丘などがあり、これらの各所から発見される岩石や化石などのようすによって、大昔から今までの地質、地形の移り変わりがわかります。

富士火山のおいたち

 富士山−それは、いつ、どのようにしてできたのでしょう。わたしたちが、ふだん富士山と呼びなれている名前も、地質学上では、“富士火山”と呼ばれ、また、愛鷹山も“愛鷹火山”と呼ばれています。

小御岳火山の活動

 富士山は、1回の火山活動でできたものではありません。また、平地に直接できたものでもありません。
 今の富士山が、できあがるについては、長い歴史があり、山体の地下には古い山地や火山がうずもれています。
 富士山の土台をなしているのは、小御岳という火山です。今から数10万年前、西は毛無山地、北は御坂(みさか)山地、東は丹沢山地に囲まれた、くぼ地の中央部で噴火しました。今でも、その噴火口と山体の一部がスバルライン終点の小御岳神社付近に顔を出しています。
 そのころ、愛鷹火山や箱根火山も噴火していました

古富士火山の活動

 こうした土台のうえに、今から数万年前から、現在の山頂の中央火山のま下付近で、新しい噴火活動がはじまり、溶岩や火山灰などを噴き出し、しだいに高く大きい火山になっていきました。これが古富士という火山です。
 この時の噴火活動は、たいへんはげしいもので、そのうえ、噴出物は流れやすい性質の泥流であったため火口から半径約25キロメートルにわたって広く分布しています。
 この泥流は“古富士泥流”と呼ばれ、玄武岩質の大小の溶岩のかたまりや、火山砂礫、火山灰など雑然とした混合物が水にまじって流れたものです。この泥流や溶岩流によって小御岳火山は、ほとんどおおわれてしまいました。
 一方、ガスとともに上空に噴き出された火山灰は、偏西風に飛ばされて、南関東地方の台地や丘陵の広い地域に降り積もり、“関東ローム層”と呼ばれる地層をつくりました。
 古富士泥流と呼ばれる地層は、水を通しにくい性質(不透水層)をもっており、地下水は、この上の面にたくわえられています。溶岩のなかのすきまにたまった地下水は、この泥流の上を山麓に向って流れています。富士山麓で豊富な地下水や湧き水がでるわけは、古富士泥流が広く分布しているからです。
- 図表あり -
( 図表説明 ) 富士火山のおいたち
〔次回は地質・地形のNo.2を掲載します。〕
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